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今週の「アイ love 授業」……中学生の愉快な日常です


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2016・2学期


December



12・18
にぎやかな男子4人組。
あきれつつ、幼いねえと
見守ろうと思っていたら、甘い、甘い・・・・
また、私の甘さが出ちゃった。
そんなこと言っている場合じゃなくて、
しっかりさせなきゃ、限度を超えはじめてる!!。

調子に乗って、小さないたずらをどんどんやっているし、
悪口だとか、みんなに迷惑をかけて、
それでも、どっか、いいじゃないですか…的な
気持ちで、あぶないあぶないです。

友達の上履きの靴ひもを結んでおいたり、
ほどいておいたり、
冷暖房のスイッチを、無断でこっそり
定規を使っていじって操作してたり、
女子の悪口を言って笑っていたり・・・。

周りの子どもたちの方が大人だから、
中学生なのに、いまだにそんなことやってるなんて、
おかしいんじゃない・・・とはっきり言ったりしているし、
クラスの世論は、同調していないけれど、
やっちゃいけないことはダメ、ダメなことはダメ!!

三者面談で少しずつ暴露されて、
私ものんびりなんて、していられない。
さあて、あと4日間。
気を引き締めてガンガンやるぞ!!というところ。



12・11
学期末、忙しくて帰りが遅く
北風が吹き始めたある日の帰り、
深夜なのに、うれしくなりました。

夜道の美しさに見とれてしまいました。
銀杏の並木道、
その日だけ、風が強くて、
黄色い葉が花びらのように、
舞いながら、道をおおっています。

まるで、桜が咲き終わりに、
花びらが舞い落ちるように・・・。
夜だから、その黄色の葉が
くるくる風につられて回って回って
周り中が、葉が舞っていて・・・・
紺色の空と星の中に、
黄色い風が舞っていて美しかった。

一段と寒くなってきました。
冬の到来ですね。

12・10
三つの選択肢をめぐって討論しました。
日本に馬が広まったのは、
A:日本に大陸から馬の専門家がやってきて教えて広まった。
B:馬を飼っていた大陸の民族が、日本に移住してきた。
C:日本人が、大陸に行って、馬の飼い方を教わってきて広めた。
討論には、こんな意見が飛び出した。
「ものを教えてもらうのに、自分から行くのが礼儀でしょ。
 だから、日本から行って
 馬の飼い方をおしえてもらったのに決まってるよ」

「中国の方が優れているのだから、日本から、
 そんなに簡単に行けたわけがない。
 日本では、狩りとかで生活していた時代に
 そんなに丈夫な船はあったんだろうか?」

「そんなことを言ったら、中国から来た船だって
 鑑真の時代にさえ、遭難していたんだから無理でしょ」

「いや、中国は進んでいたから大丈夫なんだよ」

「待ってよ、邪馬台国時代に卑弥呼の家来が
 中国に行ってるんだよ。
 きっと、金印をもらった時に、そこで馬を飼っているのを見て
 すごいなあって思って、馬をもらってきたんじゃない?」

「そう言ったって、馬は成長するものだから、
 もらってきてすぐ飼えるものじゃないでしょ。
 どうやって大きくするか、増やすかって専門家じゃないとわからないよ」

「専門家だっていう人に意見なんだけど、
 日本に、そんなに専門家って来てくれるんだろうか?
 専門家が、日本に来てくれるメリットがわからない。
 何の得があるの? 
 教えるのに今言ったみたいに何年もかかるとしたら、
 専門家はいつ帰るの?」

「そしたら、住み着いた方が早いんじゃない?」

「それに、専門家じゃなくて、民族の方が、
 みんなが飼っていて、ある程度知っているから、
 教えるのも効率的だよ」

「じゃあ、何で、民族は日本に来るんですか?
 日本は、その時代は中国より進んでないんだから、
 なんで、日本に来て住むのか、その理由がわからない」

「日本には、中国には無い自然や土地があったんじゃない?」

「そうだよ、何か日本には、良いものが取れたかもしれない」

「中国は進んでいたけれど、戦争もこの当時多かったでしょ?
 だから、逃げてきた人たちがいたんじゃないかな?」

「それより、もう広い土地がなくて、
 馬も育てられなくなったんじゃない?
 争って、農業や牧場に土地を使いすぎて、
 日本には、まだ土地があったから、来たと思う。」

「でも、中国との環境や気候が向こうは乾燥ぽっくって
 こっちは雨が多いから、だいぶ違うと思う。だから、
 そんなに、引っ越して来ようという気持ちになったか
 疑問だと思う」

「他のグループの人に質問なんですけど、
 教えてもらう、教える…っていうけれど、 
 昔も今と同じで、中国と日本では言葉が違っていたと思う。
 それを、どうやって、教えられるんですか?」

「身振り手振りを使えば、大丈夫じゃねえ?」

「ちゃんと、通訳のみたいな人がいたと思います」

「馬って、船に乗せられてきたんですか?」

「そうでしょ」

「もともと縄文時代は馬いたの?」

「先生がいなかったって、さっき言ったじゃん」

「じゃあ、中国に、日本人が貿易で行ったときに、
 馬を見かけてすごく便利だなあと思って
 飼いたいと思って勉強したんだと思う」

「勉強してくるって言うけれど、お金がかかるでしょ、
 それはどうするの?」

「それは、民族が来るっていう人たちも、
 専門家が来るっていう人たちも同じじゃない?」

私「どうしてもD=よくわからないって言っていた
  ののかさんは、最後どうですか?」
 「やっぱり、いくら聞いても納得できない?」

ののか「うん」

っていう感じの討論になりました。
堂々巡りの討論に最後なりましたが、
でも、その中でも、朝貢形式の交流があったこと
言葉の壁もどうやって超えたか考えたこと、
馬の飼育には、手間と人手がかかること
難民として来たかもしれないと考えたこと
いくつも、事実だろうと考えられている答えが
子どもたちの討論の中で出てきたことが
私にも、とってもとってもおもしろかった。
それに、今まで授業でやった知識を使って
推論している様子もうれしかったです。

子どもたちに言いました。
「討論を勝ち負けと考えて、
 言い合いや口げんかのように考える人がいるけれど、
 賛成する人が多いから勝ちとか、多数決は関係ないし、
 友達の意見を聞きながら、ああ、そうかなあとか
 でも、違うんじゃないかなあって、
 想像することが目的なんだからね。
 一応、今の段階で一番有力な説っていうのが、
 あるけれど、新しい証拠が見つかれば、
 説も変わるかもしれないから、
 聞くのが、勉強なんだからね・・・」と。

こうして討論したことで、
思い込んでいた渡来人のイメージが揺さぶられ、
遠い大昔の出来事として、
授業の時間の中だけで、ふ~~~んで終わってしまった内容が、
家に帰ってからも、
さて、今日授業でやったことは
一体どっちがホントだろうか?と考えてもらうことが
楽しい歴史の授業ではなかろうか、
自分とつながる歴史の意味ではなかろうか?
と思ったわけで、
それを実行してみたのでした。

討論をしかけるには、
ある程度、意見が分かれる内容で、
しかも、ちょっぴり、え?と思う内容で、
私が少し挑発すれば、
子どもたちが燃えるような、そんな選択肢が必要だと思い、
仮説実験授業を思い浮かべながら、
何度も、ひっくり返しを意図するような・・・
そうして、3回討論の選択肢を変えました。
そうしてようやくとても面白いことになった。
子どもたちがすべて教えてくれます。


12・7
昨日、市内の初任の先生が
授業見学に来た。

チャレンジで、新しい授業を見てもらった。
子どもたちになんとか、
「馬が日本に入ってきた」
「コメが日本で栽培されるようになった」
それは、民族の移動を示唆しているということを伝えたい。
渡来人が、2~3人日本に来たくらいじゃ
文化は伝わらない・・・そう考え、
子どもたちの思い込みやイメージを揺さぶるために
討論を設定した。

そうしたら、おもしろかった。
選択肢は三つ。
馬はどうやって日本に入ってきたのだろうという質問に
・馬の専門家が大陸からやってきて教えた。
・馬を飼っていた民族が、日本列島に移住した。
・日本人が大陸に行って、教わってきて飼うようになった。
見事にだいたい三つに分かれてくれた。

とんでもないおもしろい意見や
今まで勉強したことを駆使して、論理を組み立てる意見、
その通りだと、思わずうなづく意見など出てきて
初任者で来てくれていた若い先生も
とても楽しかったと言ってくれた。

授業の前提や、どうしたらいいかの
困った点の相談もして
とても幸せな時間だと言ってくれました。
そう言ってもらうとうれしいです。



12・4
今、秋から並行して
沖縄フィールドワークの企画を
渉外係として、いろいろ手配しています。
若い先生たちに、沖縄のいろいろを体験してほしいから、
若い先生たちにも訪ねてもらって、
知ってほしいこと、感じてほしいことがいっぱいあります。

その趣旨は、私だけが手配するのでは
人とのつながりが作れて行かないし、
沖縄の方たちとのつながりは
一生の財産になると思うので・・・。
私は20代の時に阿波根さんと
出会えたのは、本当に一生の宝でした。

どうしたら、あんなに世界が見えるのか、
どうしたら、あんなに自信を持って、
世界を語ることができるのか、
なぜ、誇り高いのか・・・
それを教えてもらった
・・・そして、若い私に
伊江島で泳がないの?と聞き、
私が水着が無いので、と答えると、
要らないよ?とにっこり笑われました。

そんな、阿波根さんが一度で好きになりました。
阿波根さんの運動の
言葉にできないほどの
すばらしさに、勇気づけられ、
本当に常に
胸に抱えて、生きている感じです。




12・3
校外学習を終え、ひと段落。
スケッチブックに貼って作るしおりづくりが盛んだが、
これもひと苦労。
なかなか、期限までに仕上げることが
できない子たちには
難行苦行です。
それでも、今の勤務校は
びっくりするぐらい、イラストや文字に凝って
ページを仕上げる子どもたちが多い。

それは、小学校の時に新聞づくりを
さんざん体験しているからのようだ。
感心してしまう。

でも、目の前の席の男の子、
ノートに書いたり、
しおりのページを埋めたり
それが嫌いなせいで、
じっと、ボールペンを分解したり、
爪の間のゴミを
シャープペンで丹念に取ったり
ずっと、ず~~っとしている。

しなくてはいけないことに
頓着せず、自分のしたいことに
集中している・・・よく手遊びのような感じ・・・。
そんな子はいるんですね。
はやくやって・・なんて、せかすものの、
彼の頭の中は、とても不思議な感じがして、
彼が気が付いていないので、
じーっと見入ってしまう。
いつも思うけれど、
子どもたちって不思議な生き物です。
観察すると、とても楽しい。


12・1
にぎやかなわがクラスの男子4人組。
いつも調子がよくて、すぐふざけて
いつでも、友達の席に行って
お互いをおちょくろうとしている4人。

ホントに調子がいい。
動き回っているから注意して
「席に着きなさい」と言えば
「ハイわかりました!」
「人の邪魔しないで、自分のことやりなさい」
「ハイわかりました」

そういうそばから、
また動き回っている。

クラスのみんなに呆れられ、
それでも、おしゃべりをしたくてたまらない
活発な男の子たち。

私はなめられてる???
でも、彼らの顔を見ていると
そんなことはどうでもよく思えてしまう。

どういうことかというと、
教員のつまり担任=私の顔色など
見る必要が無いから、安心して、ふざけている。
のびのびとして、
ついには休み時間にはいつも鼻歌が出てしまう。

ああ、学校が楽しいんだな、
友達といるのが、楽しくて仕方ないのだな、・・・。
そういう明るさと、生きている実感とを、
感じさせる表情を見ていると、
ああ、よかったと、思ってしまっている自分がいます。

その楽しさは、クラスに伝染して、
仕方ない~~うるさいんだから、困っちゃう・・・
そう周りが思っていても、
周りもいつも笑わされてしまっている。
笑顔がたくさんだから、まあ、いっか・・・です。



November



11・26
30年やっていて、
やたらに教具を集めていると
ありすぎるくらいで、
自分でも、何があったか、忘れるぐらいで
授業が終わってから、
あれをさわらせてあげればよかったとか、
あれを見せてあげればよかったとか、
そういうくらい、物を持っています。
ですから、それを、
私設博物館・展示コーナーとして、
テスト前に触らせてあげたわけです。

用意したものは
黒曜石の大きな塊、磨製石器のかけら、石斧、
縄文土器のかけら、弥生土器のかけら、
黒曜石のナイフを作るための鹿の角で作った道具(だんなさんお手製)、
貝塚の貝、高床倉庫模型、銅鐸の模型、
勾玉、ピッカピカの銅鏡、
金印のレプリカ、
甲骨文字のレプリカ、牛骨
青銅器模型、・・・です。
これらを6個のかごに入れ、
各班ごとに回して見ました。

今まで、子どもたちに見せたいと思って、
レプリカなどを見せますが、
何度もこわされたことがあります。
兵馬俑の模型の首がもげちゃったり、
・・・でも、それでも、
圧倒的に大部分の子どもたちは
とても喜び忘れない、だから、少しのことが覚悟して・・・。

今回困ったのは、銅鏡でした。
10月の時に一度見せているのですが、
銅鏡の鏡の部分は、手垢で濁って、顔など映らない。
だから、今回は、ピッカピカに磨きました。
でも、全クラスの子どもたちが触ったら、
あっという間にまた、光が消えてしまいます。
そこで、いろいろ考えあぐねて、・・・・
最終案は、ドライバーの白手袋をはめて
触ってもらおうということでした。
軍手にしようか迷いましたが、
100円ショップで2組100円で売っていたので、
6人分を買って、回すことに・・・。
これが、効果抜群でした。
同じかごに、金印のレプリカを入れて、
「本物を借りてきた」」と言ったので、
信用度抜群。明らかに疑っていた子もいましたが、
スルーをして、ていねいに扱ってもらうことに。
手荒に扱わずに済んで、よかったです。
あとで、レプリカだと謝りました。

ピッカピカの銅鏡は、出したとたんに
「ウォー」って声が上がるくらいピカピカ
とてもすごい迫力です。
金色に光る鏡ですから・・・。
ああ、この鏡は江戸時代の物らしく
だんなさんが骨董屋で仕入れてきました。



11・24
なんと、今日は雪でした。
いよいよ冬です。

今年の冬の始まりは
感染性胃腸炎で大騒ぎするところから始まりました。
いまだに、終息宣言は出ていません。
しつこいのが、この病気のようですね。
一応、学年とクラスは収まってきました。

期末テストも終わり、採点の真っ最中。
今年の教科書は帝国書院の物なので、
テストをイラストのページから出しました。
私も作って楽しかったけれど、
・・・・ウォーリーを探せ!!!みたいで、・・・
でも、予想通り、
テストが楽しかったと言ってくれた子がいて
私としては大喜びです。
おかげで問題数は多かったけれど、
平均点が高すぎて困る。

でも、楽しいテストなんて、
大傑作だと思います。
その代わり、時事問題を超難しくして、
子どもたちに少しブーイングされましたが、
トランプ大統領とTPPとEUは将来にかかわるから…と言って
納得してもらいました。





11・17
今、歴史の授業が楽しくて仕方ありません。

好きな分野だからです。
邪馬台国の卑弥呼。
魏志倭人伝の本の一部を、中国語で読みました。
念願だったのにもかかわらず、
みんなの反応はいまいち。
ふ~~~ん???
そりゃそうですね。

でも、魏志倭人伝が中国の本だったということは
理解してもらえたと思います。
古事記の黄泉の国の話も
たっぷり、読み聞かせで、
あまりに怖がらせてしまったせいで、
イザナギノミコトが黄泉の国の
イザナミノミコトを見てしまった場面では
「アッ!!!!」と叫んだせいで、
びっくりして椅子から転げ落ち、
死ぬほど怖かったと女の子から言われてしまいました。

殷の国の恐ろしいいけにえの風習には
震え上がりながらも、漢字の始まりは面白いし、
これからやる兵馬俑や秦の始皇帝陵は、
不思議でたまりません。

そして、渡来人のイメージを描くのは
とても楽しいことです。

楽しみ、楽しみ。
そういえば、今日やったのは
博物館①でした。
まず、展示室Ⅰかな?
また、報告します。








11・14
医療と住宅が保障されない社会は
最低じゃないかと思う。
それも、子どもとか、高齢者とかに
しわ寄せがくる社会だから、アメリカは怒りが噴出したのだろう。
ホームレスという言葉が一般的になる国は、
尋常ではないと思う。

でも、問題は、医療と住宅だけにあるのではなく、
一番の重要ポイントは教育だと思う。
大学卒業なのに、世界の国を知らない。
そんな世界的常識のなさが、大統領選挙で露呈した。

これもNHKの番組で扱っていたし、
デトロイトなどの人口減少の都市で、
廃校が増え、廃墟となっている様子を伝えていた。
この何十年も、教育予算は減らされ続けているはず・・・。
まず、教員を減らして、人件費を削減したはず。

人々が知識を持たれるのは困る。
一般人は知識など無くて構わない。
そういう資本の論理に
アメリカ人は負けたのだ。
アメリカのようになってはいけないと
大統領選挙を見て
つくづく、いかに学校教育が大切かを
思い知った。
共通の価値観を育て、人々が安心して暮らせる社会には
学校教育が、近代では、概念を育ててきていたのだと
気付く。ありがとう、アメリカ。

廃校になるのをとどまらせようと、
愛する高校を存続させてと・・・・活動する
高校生の姿も何かの番組で見た。

教師の評価もシビアに取り入れられ、
評価のために仕事をするのが当たり前という
風潮も報道されていた。

戦場で学校が廃墟となり、
教科書や文房具が散乱している光景は、
胸が締め付けられる。
一方で、豊かなはずの社会で
学校が廃墟となり、落書き・物が略奪されて
破壊されている、そんな打ち捨てられている様子にも
胸がキューっとなる。
誰も守らないのか、そういう存在だったのかと、・・・。

学校が大切にされず、教師も熱意を失った社会・・・
そんな社会で、平等や権利を大切にする概念が
生き残れるはずはない。
平等や弱者に寄り添う思想は、
学校で、ひとまず建前だとしても
作られるものなのだと、改めて思う。

一人ひとりが生存競争に明け暮れる毎日では、
他人のことなど、かまっておれずに、
弱肉強食になるはずだから。
資本主義を真底から貫き、グローバル化で世界中の富を
吸い取ろうとするアメリカだから、
ある意味の革命が起きようとしたのだろうと思う。

でも、資本主義は甘くはない、
オバマ大統領がエスタブリッシュメントに、
グローバル化の資本に、負けたように、
トランプをも、エスタブリッシュメントは
操縦する手法を手に入れるだろう。
うまくやるに違いない。
一定の人々だけが豊かになるだろう。
そして、また、多くの弱者である
何も持たないアメリカ人たちを失望させるに違いない。

トランプは民衆の見方でなどあり得ない。
不動産王という資本主義・資本家の代表なのだ。
女性を侮蔑して、大統領になろうとする人間が、
誰の見方をするはずもなく、
自分自身と資本家のためだけに
努力する…そういう人物だから。

だけど、マイケルムーアが「アホでまぬけなアメリカ人」
というのを笑ってみているわけにはいかない。
これだけ、若い人たちの低賃金長時間労働が
認知されているのに、変わらない日本企業社会なのだから・・・。
組合は、誰のために活動しているのか????
「まじめでケンカ嫌いな日本人」だから、
過労死が増え、20代~30代の男性の怒りは
もっともっと深いところに沈んでいっている…ように思う。
秋葉原や荒川沖の事件が
日常になる風景は、日本の悲惨になってしまう。



11・13
トランプ氏の大統領当選に
世界中が混乱している様子です。

とにかく、女性蔑視発言と差別発言を繰り返す
大統領候補には、私も嫌悪感しか抱けませんでした。

私も、当選するとは思っていませんでしたが、
多くの人々が解釈をしているように、
私自身も当選を聞いた時に、
アメリカ人の怒りはわかるように思いました。
今は、多くのジャーナリストたちが、
トランプはそれほどじゃないと言い出していますが、
私はこう思っています。

マイケルムーアの映画を見て、アメリカの病理を
唖然として見てきました。
特に「シッコ」
認知症の女性が高額な医療費を払う病院から追い出されて、
貧民地区のセンター前の路上に放置されるようす。
しかも、運ぶのは救急車、公的な車両だったと思います。
9,11で活躍した消防隊の女性が、
肺の病気やらいくつもの病気を併発しても、
何万円と言う医療費に補助は出ない。
キューバやカナダに庶民が医療を受けに行って
OKをもらっている現実。
冒頭の場面では傷を自分で縫う患者の姿も・・・。

もう一つ驚きだったのが、
容易に家の立ち退きを実行させられてしまうこと。
医療費を払えなくなったリタイアし夫婦が
家を追い出されてしまいます。
人生の最後がホームレスとは、なんとむごくて残酷なこと。

昔からドラマが好きな私は、
韓国ドラマも、アメリカのドラマもたくさん見てきました。
どちらも、私を引き付ける魅力は
日本のドラマでは
ありえない状況だったからかもしれません。
アメリカの医療ドラマERでは、
救急で運び込まれる患者を
必ず医療保険に入っているかどうかで、
まず選別し、入っていなければ、
診察しないという関門がありました。
診察してしまうと、必ず上司の医師から
厳しく叱責されるのです。
どんなに重病でも・・・。
病院を経営難に追い込むのかと・・・。
時には、救急で運び込まれたのに、
医療費が払えないからと、
診療を拒否する患者が
亡くなっていく様子を看取るのも
看護師や医者の仕事・・・。
日本ではありえない!!!

そして、住宅を追い出される姿は
NHKで、何年も…いや、何十年も前から
NHKスペシャルで映し出していました。

クレジットカードで借金をして
大量な消費財を購入するアメリカの家庭の
闇の部分をいくつも映し出していました。

古くはサリーフィールドインザプレイス、
農場を銀行の借金の方に奪われて
住むところを奪われそうになる未亡人と黒人の話。
他にも、農場を奪われて、
自殺をする父親のあと、闘う家族の話も映画で見ました。
それが、驚いたことに、
つい最近見たドラマでは、
マイアミの裕福な家族が、ショッピングモール建設のために
豪邸を奪われようとして、
その家庭の少年が、政治家を殺してしまう事件…という設定。
マイアミですら、奪われるという設定がありなのかと・・・
唖然としました。
一方で、警察に勤める警官たちが、
ファルージャで子どもたちが死んでいった様子がトラウマになって・・・
というドラマの設定も・・・。

アメリカは、どこをとっても、
病んでいるのではないかと、・・・・日々感じていた
だからこその、選挙の結果なのではと思ったのでした。






11・12
なんと、十日以上も空いてしまいました。
先々週、先週とも大変でした。

一年生は、体力が無いので、
感染性胃腸炎が蔓延し、
学校中、職員で、下校後
校舎内を消毒することに。
初めてのことでしたが、
次亜塩素酸で消毒した雑巾で、
蛇口やトイレやドアのノブや
机の上、椅子の持つところなど・・・・
手分けして消毒です。

でも、それで、感染が広がらないなら、
越したことはありません。
そのスピードの速いこと早いこと、
手をよく洗うように言って、
消毒をしても、
なんだか、いまだに、少しずつ気持ち悪くなる子がいて、
終息したかどうか・・・・。





11・3
風邪の季節になりました。
子どもたちも、中学一年生は
まだ体が十分できていないせいか、
風邪、ぜんそく、下痢、嘔吐・・・・
いろいろ出大変です。
熱も38度とか、39度とか・・・。
すぐにやせてしまって、心配することがたくさんあります。
・・・パソコンの不具合で
この後うてませんでした。すみません。



11・1
縄文時代については30年前から
子どもたちに見せている番組があります。
それは、NHKのウルトラアイ。
今のためしてガッテンの系統の番組の最初でしたが、
今のように健康番組ではなく、
子ども向けへの科学番組として、
とても楽しい企画がたくさんありました。

画像も荒れているのですが、
どうしても抜かせない場面があり
私にとっては、宝物です。
まず、小松正夫さんが、
「縄文さん」として縄文人に扮していること。
その縄文さんが、どんぐりハンバーグを
試食します。作っているのは
民間の研究者だった塩野半十郎さん。
私たちもお会いしたことがあります。
すばらしい方でした。

矢じりを製作しているのも
実験考古学の先駆者の楠本さん、
そして、なんと、落とし穴を小松正夫さんが作り、
イノシシを落とし穴に追い込むのです。

その時外せないのが、落とし穴の遺跡の写真。
神奈川で見つかったそうですが、
50個近くもあります。

何度見せても、子どもたちも私も
とても楽しくなる番組。
楽しんで見ている間に、
縄文時代のことがわかってしまう
そんな素晴らしい番組です。



October



10・27
他のクラスの合唱についても、私自身が
1日、飽きずに聞いていました。
好きな曲もたくさんあるし、
中学生が、懸命にハーモニーを作ろうとする様子は
とても好きです。表情に感動します。

昨年のコンクールで、私の卒業したクラスは3位でした。
でも、その曲の、ピアノ前奏が聞こえ始めたら、
(今年の三年生が、歌ったわけですが、)
なつかしくて、なつかしくて、この曲について、
クラスの子どもたちと、話したり、練習したり、・・・
そんなことが、胸に行き来して、うれしい時間でした。
曲は森山直太朗の「虹」
風がなびくような歌いだし・・・「広がる空に僕は思いはせ~~~」
とても、うまく歌っていた彼らを思い出しました。

さて、授業の方も、いよいよ歴史時代に入ります。
殷と邪馬台国を関連して朝鮮も入れて、
文化の流入を授業したい…来週の11月4日が研究授業。

その前に、ネアンデルタール人の時に
言葉を使っていない人類のつもりで、
ジェスチャーのゲームをしました。

三年前にも、とても楽しい思い出。
みなさんもやりませんか?
課題は4問。
最初の2問は、班でそれぞれ解く。
3問・4問目は難問で、班の女子・男子でそれぞれ解きました。
①となりの谷にマンモスがいる。捕まえに行こう。
②仲間がけがをしている。助けに来てくれ。
③人食いクマが現れた。火を使って、追い出そう。
④子どもがお腹が痛いと言って病気だ。山に薬草を取りに行こう。

この問題をやる間は、一切、言葉は禁止。
班員たちも、全員立って、コミュニケーションを図ります。
わかったとか、もう一度やって、というのも禁止。
約30秒やった後、わかったと思う人が、合図をして、
その人が、代表で、黒板に、問題の内容を書きに行く。
その時も、班の代表が全員出るまでは待って、
全員前に出たら、書き始めます。

傑作な答えのいくつかを紹介します。
①は、最初なので、マンモスではなく、怪獣とか、大きな人だとか・・・
わからないと書く班も多数です。
②になると、けがは合っているものの
「けがをしている仲間を食べてしまおう」とか
「けががひどくなって、死んだ」とか、…とんでもない内容。
③クマだとわかる班も出てきますが、「うさぎ」
「おおかみ」・・・動物はいろいろ。
火も、山火事だと思ったり、・・・
④では、薬草を取っているところを、
「どうみても、トイレットペーパーを
引き出しているところにしか見えなかった」
というメンバーは、お腹が痛いところと結びつけて、
「お腹をこわして痛くなり、トイレに入ってホッとした」という内容に・・・。
とんでもない内容が出てくるたびに、大笑い。
それでも、少しずつ分かってくるコミュニケーション力に
私の方は、感心するばかりです。
子どもたちが、お互いを、懸命にわかろうとする姿は、
見ていて、うれしい様子でもあります。


10・26
前回から工夫したいくつかのこと。
毎日放課後は学校で30分練習タイム。
それ以上は認められていないのです。

だから、時間を無駄にしないために
昼休みに、音楽の教科リーダー、合唱祭の実行委員と私、
今日の練習では、どうするかを、打ち合わせして
決めておきます。
パート練習にするのか、
課題曲をやるのか、自由曲をやるのか、
放課後になったら、まず、
みんなを、合唱隊形になって座ってもらって、
今日何をするか、説明するところから始めます。
小さいことなのですが、
待ち時間が多いと男子は、必ずじゃれあうことから始まって、
それを注意する女子との摩擦から始まる・・・
それを避けるためです。

そして、今年から始めたことはこうでした。
それにしても、やっぱり、ちょっかいを出し合う男子がいる・・・。
実行委員に相談したら、こう言うんです。
「まじめに歌っている男子の人たちが、なかなか音が取れていないので、
 ちょっと、それを言うのが言いにくい」
「ふざけている男子たちは、音がちゃんと取れている」

そこで、私の出番!!!
私がこういうアイディアを出しました。
女子は、ソプラノとアルトで、実行委員がリーダーになって、
3グループを作って、歌を練習したらいい。
男子は、ふざけていても音が取れている二人と、
まじめにやって音が確かな一人をリーダーにして、
3グループを作って、練習しよう。
男子は、好きなもの同士のグループにするのね、
それで、練習した後、グループごとに、発表してもらおう。
そしたら、リーダーになってうれしいけれど、
みんなが音を取れないと困るから、
必死で本気でやるよ、きっと。

そうしたら、私の思惑通り、
俄然、張り切って、練習をグループごとに
始めたのです。
二日間は、これでうまくいきました。

しかし、子どもたちって、とても恐ろしいと思います。
すぐに飽きる、やっぱりでした。
次にアイディアを出したのは実行委員。
とても賢かった。
ソプラノ、アルト、テノールが入ったグループを
クラスで4つ作って、練習して発表という形に変えたんです。

また、必死になって、男子たちもやっていました。

あと、もう二つ、私の工夫したこと。
パート別の入ったCDを15枚くらい作って、希望者に配りました。
でも、多くが、
「先生、今時CDいらないよ。Youv Tubeで見るからいらない」
と言われてがっくり!!
でも、音取の重要性はみんなで認識できたから、OKだったかも。
もう一つが、前回やったことと同じこと。
いつもいつも合唱隊形ではなくて、形を変えて歌います。
一人ひとりが、私は歌うぞと気持ちを固めるために、
クラス全員が、教室の周りにぐるっと壁沿いに立って、
お互いを見ながら、距離を50㎝ぐらい離れて歌うこと。、

そして、体育館練習で、最後の一手を切ったのは、
それでもふざけている中心メンバー二人を追い出して、
練習・・・・それで、やっと、ふざけなくなりました。

追い出された二人は、優勝が決まってから、
調子の良いこと!!
「俺が本気で歌ったから優勝できたんだ。」
「いや、俺のせいだ」・・・
と自慢しあっている二人・・・・でした!!

少しでも参考になれば、幸せです。
合唱祭が体育館ではなく、ホールでやったのも、
有利でした。声量ではなく、ハーモニーが
重要視されたせいです。

やっぱり、私のくせは、おせっかい。
ベテランとしては、「がんばれ」とはっぱをかけるのではなく、
方法やアイディアをサジェスチョンするのが、
一番いいと考えています。



10・25
今日はこれでうまくいったのかわからないけれど、
合唱祭での秘訣?を。

まず、歌って、歌いたい気持ちに
させるのが大事でしょう?
でも、特に中学生の男子にしてみれば、
合唱曲というのが、カッコいいポップスの唄でもないし、
たいてい、主旋律は女子のソプラノパートに
奪われてしまう合唱は、気持ちよく歌えるとはいかない。
しかも、中一から中二にかけては
まだ、全部歯が生え変わっていないぐらい、幼さが残り、
声変わりもまだまだ、
でもボーイソプラノの声は出なくなっている・・・。
思う通りの声など、この時期の男子にとっては、
出せないと自分たちで思っている。
ハンディばかりの時期なのです。

だから、まず、その気にさせるというのが大事だと思います。
それには、その曲を歌っていた歌手の原曲を聞かせたり
曲を作った作詞家・作曲家のエピソードもいいと思います。
まず、曲を好きになってもらわなければ・・・。

前の学校でアイの「ストーリー」を歌った時には
「ストーリー」を歌っている場面を見せたし、
嵐の曲の「Beautiful days」を歌った時には、
主題歌となったドラマの「流星の絆」で、
幼い兄二人が、妹を守ろうとするときの夜空の場面を見せました。
子どもたちは、特に子どもの映像には
すぐ感情移入をしてくれるので、
歌詞の「空に向かって歌うよ、そう歌うよ、声のかぎり・・・」
という言葉に、ジーンときていたようです。

卒業の時に歌った「YELL」では、
「いきものがかり」がNHK合唱コンクールで歌う課題曲を
悩みながら作詞作曲するようす、
そして、そのYELLの唄を、中学生が涙を流して歌う様子に
いきものがかりが感動している様子を
映像で見てもらいました。

NHkの課題曲を作っている様子はNHKが映していて、
「手紙」のアンジェラ・アキに感動していたので、
そこら辺から、使うようになりました。

一昨年、二年生で、EXILEの「道」を歌った時にも
映像で、子どもたちは、感動して、
とても曲を好きになりました。

しかし、今回は、課題曲が「夏の日の思い出」
そして自由曲は彼らが選択した「輝くために」
両方とも、全く純粋な合唱曲!!!
映像がない!!!!
しかもトップ、あきらめつつ、どうするか、考えました。



10・25
昨日は疲れてすぐ寝ました。
1日市民ホールで、
朝から晩まで、全校のクラス発表を
全部で54回聞いたわけですから・・・。
へとへとになっていました。
子どもたちも、そのようでした。

私の受け持っているクラスは、
なんと、全校で一番初めに歌う順番を
引き当てました。
引き当てたというより希望したらしい・・・。
三年生が最後のトリをやるのだから、
最後ができないなら、トップで目立とうとしたらしいです。

トップだということと、その理由を聞いて、
開いた口が塞がらないとはこのことでした。
特に優勝を狙う気持ちはなかったのですが、
これは、とても、3位までに入ることは困難どころか、
声が出なくて、不完全燃焼で終わるだろうと、
経験上わかっていたので、がっくり来ました。

それが、なんと、1年生で、昨日、学年優勝したのです。
1日たっても、半信半疑。
まだ、信じられません。
全校でトップで歌って、一位になるなんて、
私の経験上でも、見たことが無い・・・。
確かに秘策も少しは施し、
子どもたちもがんばったし、
リーダーもがんばったけれど、・・・・。
それでも、1位なんて、あり得ない、
そんな不思議なことはない…いまだにそう思っています。
奇跡ですね!!!!!!



10・23
中間テストに研究授業の準備、
後期前の成績表づくり、
それに合唱祭・校外学習の準備など、
毎日追われ、追いかけられるような毎日。
家に帰ってからも、夕食準備と後始末で
ふと気づくと
12時を過ぎ1時も過ぎ・・・・
ちょっとの時間を取るのもなかなか難しいのですが、
毎週1時間の中国語講習は続けています。

今度、魏志倭人伝を中国語読みで
やってみるつもりなので・・・。
全部は無理ですね。
しかも、当時とは、音が違うようですが、
それでも、私の好奇心や教師としての意地、
それに、子どもたちにも励ます意味も込めて・・・。

明日は合唱祭。
今年もドラマがありました。
1年生であっても大変でした。
歌は好きな子が多いのですが、
1年生のせいか、気持ちが乗らない。
励ましたり、ちょっと脅したり、
いろいろな手練手管を使って、
本人たちが充実感を味わう発表にすることだけは、
担任として努力したいと思います。

もう賞はいいから、笑顔で、楽しんで歌ってほしい。
さて、うまくいきますか。明日です。






10・15
さて、授業は、火起こしに入りました。
火起こしの季節と言っていいくらい、大忙し。
短くなった火起こしのラミン棒を取り換え、
使い果たした火きり臼もくぎを抜き、
新しいものに取り換えて、・・・
そして、さらに、全員が火を起こせるように
アドバイスと、横で支えてあげたり・・・
今年は1時間で、ほぼ100%発火した。
私のサポートも、プロ化している。

火の起きない原因は、
回転数が遅い…一緒に組んでコマを回しリズムをつかませる。
ラミン棒がまっすぐに回せていない…持ち手を私も持って、
三人目として補助に入る。
力が入りすぎて回転を止めている…まずは、回す練習を道路で。
それぞれの対処法を適切に手助けすれば、
1回目は私と一緒に炎に・・・
2回目からは友達と二人で発火まで行っていた。
ブラボー!!なんと9回も発火させた女子も。

不思議なのは、どのクラスも最初に
炎にするのは女子グループでした。
男子は、きっと興奮しすぎて、
むちゃくちゃに回しすぎるせいだと思います。



10・7
ゆるすということ、再び。

報復という感情に注目が集まるのが
とても冷静ではないと思う。
そんな社会に囲まれている中学生は
それが普通だと思ってしまうのではないだろうか?
一番気になるのは、
中学生たちが、ネットの嵐の中で生活していること。
特に、今年の一年生に聞いて驚いたのが、
夜更かしの原因は、スマホではなく、
ユーチューブだった。
ユーチューブで夜中の2時過ぎまで見ている子も・・・。
ユーチューブで時間を使っている子はクラスの半分以上。

ネットは本当に、無法地帯。
少なくとも、権力を持っている立場の者は
公には、権力を持っていない個人を
攻撃しないという、暗黙の今まで作られてきた
大事な原則があったと思う。

政治家はもちろん、記者、評論家までも、
そういう原則を知らない野次馬の素人に乗っかって、
個人を攻撃している。
執拗に、・・・・あんなのは、集団リンチではないか。
魔女裁判ではないか。

無名の中学生が攻撃され、
無名のレイプ被害者が攻撃され、
話題にされ続ける。

記者や政治家が、本音という、さも
「今までみんなが言えなかったことを言ってあげる」的なポーズで、
欺瞞の「正義だ」と
言わんばかりの放言を続ける。
よくもこんなに醜くなった社会だと思う。

弱い立場の一般の人々つまり、将来の大人つまり
今の中学生に、身の守り方を教えなければならない、
そして、権力者と一緒になって攻撃してはならないことを
今教えているのが、社会科だと思う。
貴重な砦だと思って、授業を続けている。
なぜって、必ず自分に帰ってくるから。

冤罪で、死刑になりそうだった人間が
今の日本に何人もいて、その人たちは、
声を荒げていないのに、・・・・
日本社会、裁判制度、法律関係者たちに殺されそうになったことを、
忘れているとでも思っているのだろうか?
死刑制度を維持しようとする弁護士は、
自分たちは絶対に間違いを犯さない。
そして、人を殺すことができると
表明したいのだろうか?
まるで法の執行官である検察官と同じ立場ではないか?
と思うのです。



September


9・30
ゆるすということを考えています。
ゆるすということを被害者に強制はできない。
被害者が自分からそういう立場を望むようになった時にだけ
可能だということを思う。

でも、人間社会は、「ゆるす」ということを、
自分自身に求め続けてきたのではないかしら?
それが、社会を存続させていく可能性だから・・・。

報復は終わらない…そう人間自身が知っているはず。
報復したところで、失った穴は埋まらない。
そう、根源的には知っているはず。

世界大戦で負けた日本は、それをよく知っていたはず。
それに、報復をしたがっても
敗けた日本には許されなかった。

そして、日本に蹂躙された人々は
報復したくても、自国の混乱でそれはできなかった。
前に歩むことしかできなかった。

被害者も被害者の周りにいた人々も、
深い深い傷を負い、それでも、生きていくしかない。
進化の過程で、心を表現することを得た人類は
その分、傷を得て・・・・それはよかったことなのだろうか?
それがよかったとしたら、それを乗り越えていく
その傷をそのままにしても、生きて行かざるを得ない
そういった生物にしたのだろう。

ネアンデルタール人の墓に花を供えられている・・・
そう教えながら、そう思います。
家族を失った喪失感を感じ
花を供えながらも、次の日はまた、食べて寝て、・・・
そう暮らしてきたのだと・・・。

その失った悲しみと、状況をゆるせない怒りと・・・
私自身も同じ立場であれば、嵐の中に
一人残されたように、食べることも考えることもできずに
翻弄されてしまうでしょう。

でも、そうなってしまう個人にどう寄り添うかと
報復を求める社会、・・・それは明らかに違う。
「報復として」を法で認めてしまう社会は恐ろしい。
社会自体も怖ろしいけれど、
私は、被害者になり替わり、傍観者として、
野次馬として、何のかかわりも持たない人々が、
平気で、権力の上に乗っかることが、
恐ろしいのです。



9・29
ゆるすということ
ぜひ、読んでいただきたい。リンクします。
「虐殺されたツチ族の人の心境」⇒ここです。
「ゆるすということ」⇒ここです。

強きをくじき、弱きを助ける、…そういう原則が
揺らいでいる大人社会。
みんなが被害者だと言い張りそうなそういう時代風潮。
権力を持っている側が、被害を主張したら、
声を持たない人々は、どうやって主張し、
だれが、その声を聞きとれるだろうか。

逆に、子どもたちの世界の方が
心情的には理想を追い求めて
正義が通用しているように思う。

山極先生が言うように
ゴリラから私は学んだ・・・というように、
チンパンジーの映画を見て
子どもたちは生き生きと学んでいた。
集団や道具や、家族を守るグループの攻撃のこと
家族で道具の使い方を伝える伝統のこと・・・。
授業をしている私には
子どもたちの目が輝いていて、
集中している雰囲気を、ピッと感じる。


9・28
人類猿の勉強前に、黒曜石で鶏肉を切った。
今どきの子どもたちの中には、
「え~~、生の肉をさわるの?」と
尻込みする子もいて、
中には、触りたくないと
B4の紙の上から鶏肉を押さえている女子がいる。

あまりに、清潔志向。
「調理実習でも、肉をさわらないつもり?」
今どきはすべて、ビニールの手袋をして、
調理するのだろうか?

でも、他の子どもたちは、
異様に「楽しい!!」と夢中。
特に、番組で骨を割り、骨髄を食べただろうと、
考古学者が述べるDVDを見た後は、
細い鶏肉の骨でも、割っていく。
すると、ちゃんと赤い骨髄が出てくる。

少しでもイメージできるように、
そして、ちゃんとした証拠をもとに
考えていく習慣を身に付けるように。
きちんと「実験考古学」の分野もあると説明して。

私自身が。黒曜石で肉を切ってみて、
初めて理解したことがあった。
肉の脂に、一番手を焼いたことを実感した。
マンモスや毛サイの皮や脂を想像して、
食べるのに必死で黒曜石を使ったことを思い描いた。

ケニアのリチャードリーキー博士のDVDでは、
他の動物が仕留めた獲物を人類が横取りし、
追い払って、動物の死肉を、
石器で切りとって食べただろうと
カメラの前で実演する。
サバンナの死肉に群がる
ハイエナや鳥たちを追い払い
食べ残しの肉や皮を切る、
そのなんと手際の良いこと。
第一線の実験考古学を見せてくれる。
子どもたちにも、ぜひ見せよう。



9・26
ゴリラ先生 ルワンダの森を行く
のビデオを見せ始めて、
私としては、とても傑作番組だと思うのだが、
25分終わって大あくびをしている子がいて、
考えた。これは、やっぱり解説が必要だ。

2クラス目からは、映像を場面ごとに止め、簡単に
解説している。そうすると子どもたちも寝ない。
やっぱり私の作戦勝ち。こんな時、ひそかに意地になる。

どんなことを解説しているかというと、・・・・
上野の動物園のゴリラはかわいそうなゴリラ。
森の中を1日中、植物性食べ物を探して
食べ続け、歩き続けるのがゴリラ。
だから、山極先生であろうと、案内人がいなければ、
絶対会えない。
しかも、マウンテンゴリラは3000m級の
山の森の中に住んでいるので、
それを、何時間も追い続けてやっと会える。
会えない時もある。

ルワンダ内戦があったせいで、
ゴリラは食べられたり、殺されたりした。
26年前に山極先生が暮らした研究所が
荒れ果てていたのもそのせい。
内戦はひどいもので、村人同士が
鉈や棒や石などでお互いを撃ち殺したりした。
だから、ゴリラどころではなかった。

それ以前の話で
山極先生が若い時に教わった
ダイアンフォッシーという先生は
マウンテンゴリラを初めて一生かけて観察した人。
ゴリラがとてもおとなしくて
平和な動物だと世界中に知らせた。

そのために、それまで凶暴だとされて
殺されていたゴリラは
今度は動物園に子どもを売るために密猟された。
それを憎んだダイアンは、
過激な保護活動をしたせいで
本人も殺されてしまった。
でも彼女がいなければ、今のゴリラはいない・・・。
そういった、とても大切なことを
テレビでは、サラッと解説するが、
私は細かく話した。

人々が命を懸けて守ったからこそ、
このゴリラがいる。

ゴリラを見ていると、
山極先生が話しているように、
「僕は、ゴリラの世界に留学して、
 ゴリラから人生を教わった。
 そうして教わった感動を
 他の人たちにも伝えたいと思う」
という言葉が、その通りだと思える。
家族を守り、森の中に座って、
葉をひたすら食べているゴリラ、
ボスのシルバーバックも子どもたちとじゃれあい、
笑い声を上げている姿・・・。
平和な日常が本当にいとおしい感じがする。


9・20
昨日、このページに書き込むために
山極先生の名前の確認、
ルワンダ内戦の時期などを
検索していた。
そうしたら、驚くべきページに行きつき、
その事実と文章に感動しました。
ご紹介しますから、読んでみてください。

ルワンダ内戦で亡くなった人々は
50~100万人の間とか、
この虐殺を、どうルワンダはその後とらえたか?
何をしたか?・・・・驚愕の解決方法でした。

日本人の中にも、ルワンダを旅する人がいて、
そのようすをブログに書いてくれる人がいるのですね。
http://blog.livedoor.jp/takemutravel/archives/40807333.html
(虐殺されたツチ族の人の心境)
そして、そこからリンクされていた
http://futarifurari.blog.fc2.com/blog-entry-930.html?sp
(ゆるすということ)

ここで出てくるのはルワンダの村で伝わる
昔からの裁判方式ガチャチャ。
村の代表者が加害者をさばき、
徹底的に話し合う。そして罪を認めれば
罰が軽減される。
罰は村の公共事業の作業をすること
橋を掛けたり、道路を作ったり・・・。
被害者は重く罰することよりも、
家族が殺された時の様子、どこに埋められたかを知りたい。
そうした、人々の気持ちが、小さなインタビューとともに
報告されている。
何十万人もいる加害者を、国が裁くことは
とても不可能…それで村に任されたらしい。
やはり、アフリカの伝統はすごいものがあります。

ぜひ読んでください。
ルワンダで、心痛ましい記憶を人々が
乗り越えようとしている様子は神々しいくらい。
人間の美しさを逆に表しているようにも思えます。

こんなことが地球上にあるのかと思うくらい
驚きました。

逆に旅人は、最後に二人とも聞かれています。
ルワンダ人から「なぜ広島の人々はアメリカを恨まないのか?」
イラン人からも同じ質問。

そして、最後に考えました。
私が恨んでいること、
今でも思い出すと胸の中にふつふつと
感情がわき出てくる怒り。
原発の時のマスコミの対応、
教育委員会の対応・・・。
でも、ルワンダの虐殺や南アのアパルトヘイトの活動
に比べたら、「痛み」と言えるどころではない。
小さい、蚊に刺されるくらいの痛みか?
それなのに、南アの元囚人の証言者も
前を向いて、証言者として穏やかに話されていた。
ルワンダの被害者も同じ。

それから考えると憎悪をあおる政治家は
許しがたい、確信犯。

この時代に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブログの「ゆるすということ」に書かれている。
赦したという言葉は被害者にとっては
赦しが完結したという意味ではなく
これから私は赦しの道を歩いていくんだ
という決意の言葉なのだ・・・ということです。
復讐や恨みの感情に身を任せることの方が
簡単だとも言っているように思えます。

反アパルトヘイトの爆破事件に巻き込まれた
南アの白人男性の
「復讐など意味はない。アパルトヘイトが無くなれば
 失った右腕に花が咲く」
そう言った男性の言葉と同様
痛みがあるだけに、深く胸を打たれます。
その一方で、人類の未来に希望を持たせてくれる
すばらしい動きだと
昨日の夜は眠れませんでした。



9・19
しばらく、ホームページ上の作成で、
調整中のため、表示できず、すみませんでした。
すっかり、いろいろな操作を習得できてきたので、
能率よく、少しずつ修正できそうです。

人類の祖先の勉強は、ゆっくり時間を掛けたい。
なぜかというと、ここは一番不思議なところ、
一番子どもたちも好きなところ。

そして、私にとっては、歴史上で
一番不思議で、畏敬の念を抱くところ。
猿、類人猿、に対して、
どうしても、私はバカにすることができないし、
サルと人が分かれて進化をしたこと自体が
とても信じられないくらい地球上の一番の不思議だと思う。

それを教えてもらったのは、会の代表だった
白井春男さんであり、京都大学人類学研究室の研究であり、
私の大好きなグドール博士やダイアンフォッシー博士、
そして、今西錦司さんから始まる伊谷純一郎博士、
そして、山極寿一博士
伊谷さんの岩波新書「ゴリラとピグミーの森」を
読むと、チンパンジーに
やっと数か月の間に2回会えただけで
一冊の本になっている。
そういう仕事を一生続けて
今の世界中の人々の研究やゴリラに会うツアーがある。
チンパンジーもゴリラもオランウータンも森の人。
動物園で会えるような姿は、本来の姿ではない。

今回、授業するにあたって、録画しているうちから、
二本の番組を見た。
本当に感動してしまった。
ディズニー映画の「チンパンジー」
そしてNHKの「ゴリラ先生、ルワンダの森を行く」
本来の類人猿の姿が、目に見える形でわかる。
以前は、本でしか読めなかった様子が、・・・。
そのようすを見ると、チンパンジーは
まるで、アウストラロピテクスの集団のよう。
集団の狩りや集団の絆、縄張り争いの戦い・・・
すべてが食べていくために・・・。
それでも豊かな中央アフリカの熱帯雨林の森

そしてNHKの仕事も素晴らしい。
山極先生のゴリラたちに対する愛情と
尊敬の念がひしひしと伝わる。
こうして、人類も類人猿同士のように
相手に畏敬の念を持つことはできないのだろうか?
生存が脅かされているわけではないのに・・・。
2009年放送なので、ルワンダ内戦後の話。
一番ゴリラやチンパンジーを脅かすのは人間だろう。

そして、なぜ、人間は、森を離れたのだろう?



9・17
1年生2学期、歴史の授業を始めました。
楽しい、楽しい・・・。
人類の始まりの授業は
私も、子どもたちも、ノリノリの授業です。
まず、今年はいろいろな化石から~

「人類の始まり
昔、人々は人間は神様によって作られた…と考えていました。
(今もそう宗教を信じている人々もいるから
 この考えをバカにしてはいけないよ)
今は、いろいろな証拠から、学者の人たちが
考えた推理を、たくさんの国で勉強している」
「さて、そういう考えをするようになったのは
二つのきっかけがある」
「一つは、世界中を旅するようになったこと。
もう一つは、石炭・石油や金・ダイヤモンドを探し求めて
地面の舌を掘るようになったこと。」
「そうすると、不思議なこと・・・。
あれ~これは、何だろう。
石だけれど、この骨は今の動物と違う骨格をしている、
どこにもいない生き物だ・・・そうすると、
昔に生きた生物だろうか?」
「ということで、化石が発見されるようになったし、
化石という考え方が出てきたんだ」
「それではみんな、いろいろな化石を見てみよう」

そう言って取り出したのは
私の宝物の代表的な6個の化石。
アンモナイト、三葉虫、恐竜の骨
恐竜の歯、古代魚、そして、一般的な日本で取れる貝化石。

十分さわったあと、
では、この化石を見て、生きている時はどんな生き物だったと思うか
復元・想像図を書いてみよう。
こうスタートしました。

男子がよくしゃべること、しゃべること・・・。
この次の時間は石器についての推理です。
生き生きした表情で、どんなにおとなしいクラスでも
男子がしゃべりたくてたまらなくなる。
特に私の担任クラスは、おとなしい方なのに、
だいぶ私に慣れてきたのか
もう勝手にず~~~っと自分の推理を
しゃべりっぱなし。
こんな生き生きした授業こそ、一番楽しい授業です。


9・11
昨日のHP教室が終わり、喫茶店でその続きを製作。
今日の午前中から2時までかかって
「新しい授業のポイント」のページを作成。
なんと、ここまで、完成しました。
チョーチョーうれしいです。!!!!
今まで、通信で出してきた部分もありますが、
会員の方以外にも、読んで使っていただけるように・・・。
特に若い先生たちに…とがんばりました。
うれしいです。使ってください。読んでください。
HP教室で15時間がんばったのが、役に立っています。




9・10
HPビルダーの先生のところに
土曜日ごとに通っている。
楽しくて仕方がない。
わからないことは、何でも、すぐにこたえてくれる。
質問に適切にこたえてくれて、
わからないということが無い。
とても頼りになるし、パソコンとソフトを
自在に操ることができる先生。
何でもできて、何にでも答えてくれて
何でも手伝ってくれてできてしまう…そういう先生。

そういうありがたい先生に出会うと、
わが身をかえり見てしまう。
そんな先生になれたら、どんなにすばらしいだろう。
子どもはそんな先生に出会えたら、
どんどん勉強しようという気になるんだろうなあ。
今の私のように・・・うれしくて。
自分の力が伸びていくことが、わかるし、
自分が何でもできる、何でもわかる・・・
そういう自信と実力をつけてくれる先生。

いつかはそんな先生になりたいと思う。
そういう意味では私はまだまだ発展途上。

HPの方は、授業のポイントのページと 
図書室のページを作れた!!!!!!
大満足!!!!
この数年来、やりたかったページが作れてこんなにうれしいことはありません。
中身を書いていくのはこれからです。



9・7
南アフリカの人種差別について触れて、
夏休み明けの授業を始めた。

遠い話ではないこと、
南アフリカのニュースでも
神奈川の障害者施設での無差別殺人のニュースが、
取り上げられていたことから話し始めた。
子どもたちはどう感じているのか、
とても気になっていた。
からかい言葉として、子どもたちは
「ガイジ」という言葉も使う。
大人になってそんな言葉を使う人は
軽蔑されるんだよ、とたしなめても
習慣のように使う子どももいる。
まるで、「バカ」「うざい」そういった言葉のように。

だから、障害者のニュースに対して
少し危惧をしながら話した。

日本社会では、「タテマエ」と「ホンネ」の
使い分けが当然とされている。
まるで、その社会のひずみを表すかのように、
ネットの裏では、あり得ないほどの中傷や誹謗
憎しみが渦巻いているようだ。
そねみ、ねたみ、怒り・・・そういう今の風潮を
やりきれない思いで、毎日見ているので、
子どもたちも、そういった雰囲気を映す鏡を
どこかに表しているのではないかと思っていた。

しかし、それは、完全に私の方が間違っていた。
どのクラスで話した時にも、
中学生たちはまっすぐな目をして、私の方を見て、
ニュースの話を聞いている。
犯人の考えは「あり得ない」「全く間違っている」
そう、彼らの目はそう言っていた。
何も言わず、シーンとしているが、
雰囲気が、そう言っていた。
「ガイジ」という言葉の、根本的意味をどうも
分かって使っているのではなかったらしい・・・。
「犯人は狂っている」「人の命を奪うなんて許されることではない」
そのまっすぐな目に、私がひるむくらい・・・。どの子もそんな目をしていた。

大人たちは、社会で「正義が必ずしも通るわけではなく
醜い面、弱肉強食の面も十分ある」と知っているからこそ、
犯人の発言に揺さぶられてしまう。
けれど、中一の子どもたちは、大人は理想の社会を
作り続けているはずだと信じるからこそ、
大人の言うことを聞くのだし、
社会のルールと言われれば、従うのが当然と思っているのだ。

そんな純粋さに中一の子どもたちの目は、輝いて見えた。
だから、逆に私は、信頼に値する社会を
先生たちは作っているの?と問いかけられたようにも思った。
子どもたちからすれば、未来はすべてよくなっていく流れにある。
歴史は進歩する。だから、彼らの時代はもっともっと良くなっているはず。
だから、差別されたり、人が殺されたり、それは
絶対悪いことだ・・・・・
そういう彼らの目に応えながら、授業しないといけない
……………そう、身が引き締まる思いがした。



9・3
ホームページビルダーの教室に通って、
質問をしながら、
私だけではなく、いろいろな方に
授業のページを書いていただけるように
準備中です。
先生はIBMに元勤めていたベテラン。
私の質問にすぐ答えてくださって、
できるようにしてくれます。
気持ちがいいくらい。
こんなに思うようにパソコンを動かしてできるって
うれしいとは思いませんでした。

このホームページを開設するまで
一人ですべて試行錯誤。
本と首っ引きですべて一人でやった時の
ぼう大な時間と、途方に暮れる?????問題と・・・・
それに比べたら天国です。

もっともっと、若い先生たち、
これから授業を創っていきたいと考えている方たちに
さらに便利でおもしろいページが作れると思うと
わくわくします。





9・1
南アフリカから送ったメールが好評で、
若い人たちにもたくさん送りました。
臨場感が半端ではないそうです。
世界のようすを一般人が伝えられるとしたら
こんなにうれしいことはありません。

今日、まず二学期初めての授業。
夏休みの宿題をチェックして、
1学期の復習としてビンゴをアジアの国で
2回戦やったあとは
南アの話。
ブブゼラを吹いて、南アフリカの国旗を背中にまとって
スプリングボスのラグビーチームのサポーターのように・・・
映画「インビクタス」のように。
神奈川の凄惨な事件とは
全く違う立場を伝えたいと思っている。

中学生たちの楽しそうな様子を見ていると
思わず、ふふふと笑ってしまう。
のびのびと毎日過ごしてほしいな。
でも、とにかくたくましくなった。
毎日の部活で、ものすごく体力がついて、
真っ黒になっているからです。





人間の歴史の授業を創る会

連絡先・事務局
〒340-0802
埼玉県八潮市
    鶴ヶ曽根824-7
       川上泉 方

TEL(FAX): 048-945-0651



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