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今週の「アイ love 授業」……中学生の愉快な日常です

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2012年度3年生(2012・5月~2013・3月)
       2013年度1年生(2013・4月~2014・3月)
      2014年度2年生(2014・4月~2015・3月)
      2015年度3年生(2015・4月~2016・3月)
       2016年度1年生・1学期2学期3学期
       2017年度2年生・1学期2学期3学期
       2018年度3年生・1学期2学期3学期
       2019年度1年生・1学期2学期3学期
       2020年度2年生・1学期2学期3学期
    
2021年度3年生・1学期・2学期・3学期


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2022 ・5月


5・11
ゴールデンウィークに、広島の会員の方たちに
会いに行きました。
一番の目的は、教具の整備。
ついでに、縄文時代の授業を、
先生たちに楽しんでもらいました。
私自身もとても楽しかったし、
先生たちも、音楽の先生と英語の先生も
参加してくださいましたが、楽しかった~と、
感想を言ってくださいました。
みんな、大満足の2日間になったようです。

その時に、授業論を10分程度
お話したのですが、
帰って来て、私自身が、自分のことを、
プロだなあと思いました。
なぜって、歴史を12サイクル、
学年によっては9クラス教えたこともあるので、
50回は軽く超えるだけの同じ授業をしている・・・ということなのです。
火起こしも53回、機織りも53回、蒸気機関の模型を53回動かし、
まゆからの糸取も53回やっている。
米の栽培だけは3回ですし、砂鉄からの鉄つくりも6回だけだけど、
他は、戦争の授業も53回やっている。
しかも、骨格はほとんど変わらないけれど、
進化し続ける授業にしてきました。
子どもたちが「わかる」と言えるように、
感覚を研ぎ澄まし、
「おもしろい」と言ってもらえるように
方法を労力を惜しまずに作り上げ、
映像を毎回、何度も見て、
眠らずに見てもらえるように、
子どもたちの顔を思い浮かべながら、編集し直す・・・。

だからこそ、三年間教えて、
40年たって(もう、25年目ぐらいから)、
楽しくわかる授業をありがとう、と
子どもたちから感謝してもらえるようになったんだと、
我ながら自負していますし、・・・

だからこそ、これから、若い先生たちには、
「先生とは呼ばずに、親方と呼んでほしい。」って
頼もうかな?と思ったりしています。

新潟の米作り農家の石塚さんに、最初に言われました。
米作りは、毎年毎年変わる。
一生続けたって、100回はできないんだよ。
試行錯誤が、100回もできないんだ。

初めてお会いした時、わかったつもりになって、
質問した米作り2回だけの私でしたが、
なんとなく、鼻で笑われたような(あとから考えると)
するんです。
米作りでもそうなのに、授業だって、一生の間に、
何度同じ授業をするチャンスがあるでしょう?

私は、意識的に3年間、全クラス持つように、
後半20年はしました。
しかも、私の我がままではなく、
若い先生が授業しやすいように考えての配慮。
そして、だから、53回もできたんです。
だから、親方・・・で行きたいです。


5・2

今年の3月で退職しました。
振り返ってみれば、
怖ろしいほどの1年間の忙しさでした。
まさに、象徴するような卒業式。
公立高校発表後2日後の卒業式。
3月9日でした。

とにかく7月の修学旅行中止から
すったもんだ!
8月中に新たな県内の計画を立て、
9月に実施計画が動き始めた一方で、
進路についての意思確認も、
相手の高校の説明会が
ほとんど秋実施に延期されてきたので、
定まらない。
行って見ていないのに、決められない、
当然ですよね!
合唱コンクールはリモート、マスク有、
練習時間は音楽の授業2回のみ。

10月の修学旅行の準備と並行して、
テストを作り、三者面談の準備。
帰ってきたら、テストと三者面談と、
2学期の成績、公立評定・・・が同時。
12月の私立高校の訪問日程や相談資料を作成。
高校用個人の調査書作成。

年が明ければ、
受験日程に合わせて、それぞれの準備と
最終志望先の確認と手続きの確認。
最後の授業に向けて猛ダッシュ。
その間、コロナにかかっていないか?
ご家族は大丈夫か、
感染予防のためにたくさん休み始める子たちも出てきて、
櫛の歯のぬけた様になって
さびしいのと、ずる休み?と思ったり、
こちらもずいぶんめげました。

最後の公立受験前にも、
ご家族が感染する子どもたちが数人いて、
とても心配していましたが、受験日はずらさずにすみました。
でも、はじめから予備日が2回も予定されていたんです。

その代わり、卒業式に出られない子たちが何人も出て、
本人がかかったり、ご家族がかかったりして、
卒業式を5,6回に分けて実施しました。
コロナがもう大丈夫となるまで、1週間はかかるので、
解除になった子たちから順番に、教室で、・・・
というふうにせざるを得ない変則的な卒業式でした。

こうして卒業式を終えるまでの1年間、
それ以外にもありましたよね。
思い返してみれば、4月!
今年度突然始まったタブレット配布に、
リモート集会用のパソコン操作、
Wi-Fiの貸し出し・・・
など、毎日新しいことが入ってきて、
市教委からのコロナ対策の指示も
随時変わっていく・・・。
よくぞ卒業式を、子どもたちだけではなく、
先生たちだって迎えられたと思うくらい、
振り返る間の無いほどの時間と日々でした。

卒業式も歌なし、授与無し、代表者と録音で代わり。
1時間弱で終わってしまうあっさりしたもので、
それなりに大変だった担任たちは、
感慨があったものの、
中学生たちにとっては、卒業式許可になった
スマホで写真を撮ることに夢中になった
式の当日。
なかなか微妙な大人たちの感覚に、
子どもたちはひたすら「一緒に撮ろう」で
屈託のない笑顔満面の卒業でした。
まあ、終わり良ければすべて良し・・・なんです。

そして、卒業式が9日に終わった後は、
私の方は本格的に後片付け。そして自宅へ運送。
資料室に山積みになった教具類を
連れあいさんが、まるで私設赤帽みたいに、
5回自宅と往復して運びました。

とても大変でしたが、
ちょうど、桜の時期に重なり、
東京都内を横断しての3時間の旅。・・・往復6時間ですが。
とても美しい靖国通りの桜並木や、
千鳥ヶ淵の、むせかえるような桜に見とれながらの
いい旅になりました。

ただ、秋口から痛めている50肩の影響で、
・・・受験生たちに気兼ねして、
(もし自分がかかった上に受験生にうつしてしまったら、
 人生の初めての試練なのに、受験のチャンスさえ
 もらえなかった、と恨まれてしまうのでは・・・と
 震え上がっていました)
病院にもマッサージにも行かず、
そのまま放置していたものだから、
寝返りも打てず、
毎日、朝「いた~~い、ううう」と
唸りながら起床する状態で、
荷物が運べません。
娘も1日だけ実働部隊、
あとは、連れあいさんの70歳になっても
力持ち仕事に頼っての、教具撤退の顛末となりました。

あまりにこの1年、忙しかったので、
今は朝、5時半に起きなくてもすむ生活が
極楽のようです。
40年間、通学・通勤は、往復4時間。
15歳・高校入学の時から朝は5時半起きのつらい生活
(低血圧の夜型人間・・・学校が10時始まりならいいのに・・・
 と、ずっと願い続けてきましたが・・・当然ダメですね))
それを40年、やっと終えて、朝、時間に縛られない生活を、
今は堪能しています。
でも、家族は当然みな働いているので、
今までできなかった朝ご飯を作り、
家族を送りだす、母らしき行動に自己満足。

それはさておき、最後の子どもたちとの毎日で、
書きたいこともありますので、
また、書いていきます。
それに、博物館の今後への整理も考えるために
完全退職をしたのもありますので、
そのことについても書かなくてはなりません。
少しずつ、お読みいただければと思います。

みなさん、ご自愛ください。
新学期、忙しいでしょうから。


2022 ・3学期

March


3・6

チェルノブイリの事故のあったウクライナに
核攻撃をしかけるぞというプーチン。
原発を攻撃するプーチン。

人類の共通の利害なんて、無いのか?
二度の大戦や広島長崎、
そしてチェルノブイリ、福島から学ぶものは無いのか?
そう愕然とする毎日。

中学生たちも危機感を持っている。
そりゃあ、当然でしょう。
これだけ毎日ニュースでやり、
広島長崎を勉強しているから。

道徳や理念、倫理観、理想
そういうものは、
国家観や安全保障の前に、
意味を無くすのかと、・・・。
戦争を続けることで、
ウクライナの人々にはもちろん
世界中の人々の心や、頭の中を、ずっと、
そして、今も、傷つけ続けている。

社会科の教師は、戦わないといけないと思う。
何と戦うのか?
それは、無力感や、絶望や、
何をやっても無駄じゃないか、
結局は戦争は無くならない、
人類と戦争は宿命なのだという
考え方や言葉。

子どもたちこそ、そういう報道に接していると、
希望を失う。

だからこそ、社会科の教師は、
人類の希望のために、戦わなくてはいけない。

でも、それは、お題目ではいけない。
実証、歴史的事実、
あきらめないからこそ、人類は生き延びてきた、
そして、よりよい社会を、
少しずつ作ってきたという実証です。

たとえば、地球規模の氷河期という災害に対しても、生き延びた。
人々は、革命を起こし、権利を求めて、
負けても、人権宣言を手に入れた。
日本は、たくさんの人命を失う戦争をしたけれど、
その分、平和を求めて来たし、
生き残った人たちが、私たちを育ててくれた。

簡単にはいかないけれど、
それこそが、歴史だし、
人々が生きてきた証、そういうことです。
それこそが、社会科の教師が言い続けなければならないこと。

February


2・27
ロシアが戦争を始めた。
まさか、本当に戦争を始め、
アメリカと対立するなんて・・・。
世界中の人が危惧している。
ヨーロッパで侵略が起きるなんて、
米ロの対決が起きるなんて、
EUとロシアが対決し、
ロシアが核の使用をおどすなんて・・・。

会のお便りにこの二日間、
書き続けた。
でも、希望も記録した。
①反戦デモがロシアでも起きている。
②世界でも反戦デモが起きている。
③NGOの世界代表がウクライナにとどまっている。
④アメリカの俳優・監督ショーンペンが、ドキュメンタリーを撮るとして、
ウクライナにとどまっている。
⑤日本でも有名人が声を上げている。
⑥ロシアの退役軍人将校がプーチン反対をインタビューで答えている。
⑦核兵器禁止条約があるじゃないか

絶望せず、世界戦争にならないよう、
ウクライナの人たちに心を寄せて、
普通の生活を破壊する戦争を止めたい、そう願い続ける。

中学生たちの最後の感想は
「三年間勉強してきて、歴史は
 二度と繰り返さないために勉強するんだとわかった」と、
何十人も書いた。
中学生がわかるのに、どうして大人がわからないのか
と思う。


2・16
コロナでずいぶん授業が減ったけれど、
最後は、やっぱり、映画を見てもらいました。
いつ学級閉鎖になるかわからないので、
先に、「ライフイズビューティフル」
最後に、どうしても「シュリ」。

余裕が無いので、感想を書いてもらわずにいて、
どう受け止めているのか、少々不安でした。

でも、私の受け持ちクラスは、
文句なく幼い。
おとなしくて、大人びているふりして、
男子は幼いです。

だから、男子が、
タブレットが動かない時に、
「ショーペンハウアーやったら動いた!」と言ったり、
休み時間に、銃で撃たれるごっこ遊びをしていたり、
家庭科の授業で使った、赤いフェルトのあまりで作った、
丸い球を投げて「CTXだ!」と、
爆弾ごっこをしたり…しているのを見て、
映画に出てくる言葉やしぐさで遊んでいる!
それを見て、ああ、相当おもしろかったのだなと、安心しました。

そこは、彼らのアイディアとユーモアと、
ちょっぴり子どもっぽさに感謝です。

韓国大好き、アイドルも好き、
韓流ドラマにはまっている女子が、
学年の子どもたちの多数な一方、
強固に、韓国・中国を嫌っている
フェイクニュースに、どはまりの嫌韓男子が
学年に少々いるようです。

だからこそ、見せたかった。
国を嫌うというのは無しです。
国の政治や政治家は嫌っても、その国に住む人々は
それを本当に好きで選んでいるわけではないことが多いのですから。
それは、日本でも同じ。

2ちゃんねるの開設者が大もうけして、
ネットでは、ニュースごとに、感想を言ったりして、
それが普通になっている日本。
知識に依拠したい男子の一部は、
みんなの知らない情報を知って、
「韓国がいかに日本より劣って、
いかにひどい国か、知っているぞ・・・」
という優越感を、
隠れたプライドにしている感じがします。

大目に見ようと思って、彼らに直接対抗する気は無く、
いずれ、気がつくだろう・・・と思っていました。

でも、この前、彼らが読んでいる本を
ちらっと見て、ちょっと、深刻に感じています。

怪しい出版社、陰謀論を説く内容。
ペンネームが偽悪趣味、
そして、内容は?
「化学物質過敏症だと言っている人々は、
 精神病なのだ。」という結論。
他にも「よく調べると、実はこういうことが事実なのだ」と、
山のように書いてある。
自己顕示欲があるから著者履歴には
東京医科歯科大学を出ていると書いている。
でも、医者の本業はやっていない。
受験競争には勝ったという履歴は示したいらしい。

でも、圧倒的に共感性が無い。
だって、私の娘はアレルギーで、
芳香剤や、柔軟剤で気分が悪くなると言っている。
そういう人々がいること、その存在すら否定するなんて。
弱い立場の人々のことが理解できないで、ウソだと決めつけるなんて、
何のために医者の大学を選んだのでしょう?

読んでいる中学生の彼らは、学年トップの成績の
メンバーたちです。
その子たちが、一様に、
映画を見ると寝てしまう。
共感できないらしい。
これでいいんだろうか?
特に恋愛の場面で寝てしまう。
ドキドキなんてしないらしいです。
銃撃場面は起きていることもあるが・・・。

今の社会は大きな問題をはらんでいると思う。
大学に通えるのは、金持ちになっている。
普通の家庭の子どもたちは、大学に行くのに、
奨学金という借金を400万以上も背負い、
40歳近くまで払い続ける。。

さんざん、ニュースや政治家たちが、
受益者負担・・・と言って、授業料を値上げするのを、
是認していた一時期をよく覚えている。
あのころは、小泉首相だったでしょう?
日本は資本家の国なんだと思います。

映画「シッコ」で出てくるが、
フランスは、幼稚園から大学まで無料ですよ。

日本で、相変わらず受験競争に勝つのだと
きびしい競争に面と向かっているのは、
経済的に豊かで、上昇志向の強い親の元に生まれた子ども達。

その子たちが受験競争に勝ってエリート大学に行けたとしても
コミュニケーションが苦手で、共感性もうすく、
挫折してしまった時には、恐ろしい孤独が待っている。
孤独こそが信奉とテロを生むと
ニュースの記事で読み、私も共感した。

人間は、コミュニケーションの動物なのだと思う。
孤独こそが、生きる気力を奪い、どうにでもなれという、
やけを起こさせるのだとしたら、
憎む情報を教えるフェイクニュースに浸っている彼らは、
どう成長していくのだろうか?
とてもとても心配です。

2・15
いよいよ授業も最後を迎え、感想を書いてもらっています。
しかし、このコロナ期、
来週の公立受験を前に、2週間前くらいから、
ボチボチとコロナ不安を理由に、
登校しない子が出てきました。
まあ、3~4人ならともかく、
先週は、不登校の子を入れて19人もお休み。

わかりますよ、不安なのは。
でも、提出物が〆切の日だけ登校するというのも、
どうかと思うし、
来週の受験日前は、祝日、
市内の中学3年生だけ1日休み、
それに加えて、学校独自の3年生だけ休みを入れると、
全部で1週間お休みです。
そんな猶予期間がもうけられているのに、
受験の3週間前から休むなんて、
逆に、そんな弱気で大丈夫でしょうか?

10人以上休みが3日も続くと士気が上がりません。
友達がいてこそ学校なのに・・・。

それに、元気な男子は登校してきていて
(さぼりそうなものですが)
とにかくグループ化している女子は
「え、○○ちゃんが休むなら私も・・・。」
の状態でしょう。

今どきの中学生、利害関係にさといし、
修学旅行の時を思い出します。
遊園地に行かないなら、欠席にしちゃおうかな?・・・
という雰囲気に似ている。

ホントにコロナが怖いなら、そんなにべたべたと、
日常生活、くっついているのが
逆に、不自然なのに・・・。
男子だってプロレスごっこをしたり、
女子は手をつないだり、…今だってしているのに。

掃除も、給食も、教科リーダーも
メンバーがそろわず、支障をきたしています。
休みが多いと給食のおかわりが自由自在だと
喜んでいた子たちも、食べきれないどころか、
食缶の半分以上も残すのは、もったいなくて、
給食室に、申し訳ないです。

困ってしまうし、義理と人情が無いのかと、
思ってしまいます。
クラスの子たちと過ごすのは、あと少しだけなのに・・・。
なんだか味気ない雰囲気が寂しい。

Junuary


1・26
もう月末です。
1月は3年生は多忙な季節。
近年はそれに拍車がかかっています。
調査書が県立高校で開示されるようになってから、
一つのミスも許されないようになり・・・・実際はあるのですが、
当然です。

20年、30年前は、全て手書きで
調査書を作成していたので、冬休み中が、
一番大変でした。
今はパソコンとシステムで調査書も作るので、
その辺は楽になったのですが、
その分、入力ミスが無いか、点検作業を
2度3度と、人を変えて行います。

さらに、作った調査書の写しが、
まちがっていないかどうかを、保護者に確認してもらいます。
すべての情報を開示できるような時代になってきているため
まちがいが許されず、管理職まで
最後にチェックをします。
こんなこと、とても生産的とは思えませんが、
まちがいがあるといけないということで、
ものすごく神経を使います。
調査書が、相手の高校に届いて、
まちがいの電話がかかってこないか、ハラハラドキドキです。

今年は、私と同じような再任用の先生が、
進路の書類作りの総括役をしてくださっているので、
とても楽です。
こういう専門職がいないと、やっていけない状況になりつつあります。
コロナでリモート、
新しいことを覚えなければならず、
ひーひーフーフー言っています。

1・8
年末の大掃除、今年は、
年賀状作りと、会報発送の準備とで、
24・25・26まであっという間に過ぎてしまいました。
次に取り組んだのは、長年の課題だった、
教材用の様々な写真や新聞記事を
スキャナーに取り込んで保存すること。

これがまた、紙ごみの山のように
家じゅうにあって、捨てられませんでした。
いろんな写真、
三宅島、雲仙普賢岳の噴火の絵ハガキ。
みんなが使えるように画像として保存しておきます。
テロの時の新聞記事や
震災の時、原発事故の時の写真の付いた記事、
・・・・・なかなか捨てられないのです。

連れあいさんは、いつも大掃除をしてくれます。
トイレ、台所の換気扇、玄関、お風呂、トイレ、
床のワックスがけ、それに加えて、
今年は台所の棚のシミを削って、ニスできれいにしてくれました。

毎年私の方は、連れあいさんに嫌われる仕事、
いらないものを整理して捨てる仕事。
これも、すさまじいエネルギーがいります。
年末ぐらいじゃないとできません。
資料の整理をして、紙ごみを大量に出しました。

冬休みの間に、もう一つやろうとしていた仕事。
若い人たちに頼まれていた、
編集済みの映像を、希望の物をダビングして
分ける仕事に取りかかろうとしました。

ところが、ビデオいつも使っている3台の、
どれもが、ダビング不可能な反応が出始めました。
これは大変。年季もの、よくぞ20年以上働いてくれたけれど、
ご苦労さんでした・・・でも、
まだ働いてくれなきゃ、複製はできません。
ご機嫌うかがいをするのに、3日間もかかって、
ただいまも奮闘中です。




1・7
お正月が明けましたね。
年末は受験の準備で、
1クラス当たり、調査書を100枚くらい
準備して、大変でした。
昨日も、さらに50枚くらい準備。

大雪なのに、外で遊べず、
午後2時から調査書の点検作業。
終わったのは7時半でした。

帰れなくなって、駅前のビジネスホテルに、
学年職員全員泊まる?なんて妄想、
冗談を言いながら、作業に次ぐ作業。

最後に私、お手製のチョコケーキと
甘いもの嫌いな人向けにと家で作った「かき」のオイル漬け。
それを、「ご褒美」としてふるまいました。
それで、少しは疲れも取れたのではないかと
思っていますが、どうでしょう?

とにかく事務作業が大変です。
30年前の受験の時は、
全て手書きで調査書を書いていました。
さらに、受験の可能性を、
手で統計を取り、偏差値を学校で出したり・・・。

それに比べれば、すべてコンピューターに
打ちこんで、何枚でも同じ書類を印刷できるから
楽になったと思うでしょう?

でも、大変になった部分もたくさんあるのです。
今は、調査所は秘密ではありません。
一人ひとりについて書いた所見(でも、これも
本人のいいところしか書かないので、隠す必要もない)以外は、
受験後開示して、まちがっていたとならないように、
本人と保護者に高校に出す前に、
確認書というのを作ってOKの署名をもらいます。

さらに、調査書も3種類作ります。
私立高校で、一番いい成績の物が使えるように、
三年1学期の成績の調査書、
三年2学期の成績の調査書。
さらに、三年その平均(公立用)の調査書。

ややこしいので、私立高校に出願する前の
書類作りの時、その調査書の数字がまちがっていないか、
元の数値の表と二人ペアで、読み上げながら、確認するのです。

これを、私の地域では、どこの学校でもやっています。
何しろ、近隣で通える私立高校は、県内で50校ぐらい、
県外で60校ぐらいあります。
都心の進学私立校を10校近く受けたい希望者も時々いて、
その学校は、さらに手書きの書類作りを要求されるので、
なかなか終わらないのです。

これが終われば、山は二つくらい超えた感じ。
公立高校受験の用意をすれば、ほぼ終わり。
あとは、ドキドキしながら、子どもたちの健闘を祈り、
公立受験のみの子たちが、うまく行きますように・・・・と、
ひたすら彼らの頑張りに期待するだけです。


人間の歴史の授業を創る会

連絡先・事務局
〒340-0802
埼玉県八潮市
    鶴ヶ曽根824-7
       川上泉 方

TEL(FAX): 048-945-0651