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今週の「アイ love 授業」……中学生の愉快な日常です

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       2013年度1年生(2013・4月~2014・3月)
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      2019年度1年生・1学期2学期3学期
      2020年度2年生・1学期2学期3学期
    2021年度3年生・1学期


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2021 ・1学期



June



6・6
昨年の休校中、時間がもったいないと、
黒板に書かずに、板書をする内容を、
カラーのプリントを作成して、
授業を聞いてもらうことに集中してもらうようにした。
パワーポイントも時代ごとに作って、
説明をするようにした。

ノートに書くのを待つ時間が惜しかったから。
でも、確かに、話を聞くだけでは、眠くなるらしく、
眠ってしまう子も数人いる。

ノートをとるというのは、眠気覚ましの役目もある。
朝、5時ごろ起きて、
朝シャン(ねぐせ直しの役目)をして
7時には学校について、朝の部活練習。
汗だくになって、教室に入ってくる子どもたちは、
どうしたって、2時間目くらい、
そうでなければ、食後の5・6時間目は眠くなる。

でも、ノートに書いているのと、授業の説明を聞くのと、
両方は追いつかないと、何年も言われ続けてきたから、
私としては、すっきりしている。

その分、伝えたいことをパワーポイントに詰め込むので、
クイズを入れたり、作業の指示を入れたり、
中身がぎゅうぎゅうで、パワーポイントのスライドが
30枚も超えてしまう。
私にとっては、大発見。
パソコン上で、…ということは、テレビ大画面上で、
紙芝居ができるということである。
だから、張り切って作っているのだが、
大単元をひとまとまりにして、
完成するのに、三週間の土日、かかってしまう。
でも、これを、ネットに上げて、
限定公開にして、子どもたちも
復習に役立てられたら、いいなと思う。

パワーポイントの内容も、プリントにしてと、
前回言われてしまったから・・・。

私も最先端を行っているのです。
楽しい苦労です。


May



5・29
ちょっとした小さいことだけれど、
先生にありがちなことで、気になることがあります。

中学校では、意欲関心を評価するために、
提出物を期限内に出すことを、
とても重要視しているように思います。

私自身は自分で言うのもなんですが、
優等生でしたし、小心者なので、
期限を守らないことはありませんでした。
だからこそ、夏休みの宿題を、
30、31日に親に怒られながら泣きながらやる
・・・そんな習慣でした。

だからこそ、ちびまる子ちゃんのマンガが大好きで、
夏休み最終日、友三爺さんが書いてあげる絵日記とか、
家族総出で、でっち上げる宿題の様子に
大爆笑できましたが・・・

先生たちの中には、期限内に提出させることを、
至上命題にしている人たちも、たくさんいます。
すごく抵抗があります。

私は、大人になってから、期限を守れないことも、
よく忘れることも増えました。
授業の準備に血眼で、いつもそのことだけを考えているせいで、
学校の教員の事務仕事・・・全然興味が無いので、
すっぽ抜けます。
そんな私にしてみると、忘れることは大有りだから、
子どもたちを責められません。

誰それが、期限内に出さない・・・と
職員室で愚痴を聞くことは毎日あります。
誰それが、勉強がわからなくてどうしたらいいか
という愚痴は無いけれど、・・・です。

私にすれば、そのやいばが、保護者に向かうこともある。
保護者としての私は、ホントに最低でした。
よく娘たちが育ったと思います。
娘が給食袋を出し忘れた月曜の朝、
どうしようと父親に尋ねたら、
「アイロンをかければわかんないよ」
と言って持たせたと聞いて
共犯関係の父と娘に仰天した私。
でも、手紙も、給食袋も
何も気にしていないで、早朝出勤した私は、
ぐうの音も出ませんでした。

保護者を責めてはダメと思っています。
だから、子どもたちも責められない。

しつこく咎めている先生たちが、
とても気になります。
叱ると言うより、とがめている・・・
そんなふうです。
提出物って、毎日中学校では、
何かしらあるものなので、
結果的に、毎日怒られることになってしまいます。
とがめるって、人格否定ではないかと思いますが、
どうでしょうか?

今の学校は、きちんとしつけられているので、
休み時間に、「先生、今日、教科書忘れてしまいました」
「先生、今日、ノート持ってくるの忘れました」
まじめな子ほど、そう報告しに来ます。
なぜなら、大胆な子は、置き勉(勉強道具置きっぱなし)
しているから、忘れない。
勉強しようと持ち帰った子が忘れる・・・。逆の矛盾。
私は、授業準備に、パソコンを開き、
ビデオを接続して、教具を準備して・・・なので、
聞いている暇などない。
だから、わかった、はいはい・・・と空返事。
しかたない・・・と言って終わり。

髪形に細かかったり、くつ下の丈に細かかったり、
スカートの丈に細かかったり、ルール・校則に厳格だったり、
泣きはらした顔を見て化粧をしてると疑ったり、・・・
とにかく、疑念と厳格なルールを守らせるのが、
日本社会に適応した社会人への一歩だと考える善意の
・・・・う~~ん、いい先生でもあるのですが、

何度か話をして見るのですが、なかなかハードルは高く
厳しい道のりですね。
不登校が増えたり、保護者が反発したり、
そうしたら、気づいてほしいですが・・・。
何より、一面的な評価では、子どもたちがかわいそうです。
娘にも言われましたが、「ほめて育てる」ですね。
少なくとも、追及したりとがめたりして
育てるものではないと知ってほしい。

先生たちの間でも、そうしたあとの、
フォローも、いろいろな先生たちがやっています。
子どもたちを慰めたり、苦情を聞いたり・・・。
でも、大の大人になってしまうと、なかなか変われない、難しいです。
若いうちに、知っておいてほしい。
提出物、ルール、それが、その子の人格を測る
物差しではないんだよ・・・ということをです。

5・28
まだまだ、体育祭の余波が続いています。
泣きながら話してくれた子のことも、
教室でみんなに話しました。
その時、その男の子の話を
私といっしょに聞いていた校長先生も、
ちょっとウルウルしていたよ・・・とも。

体育祭の感想にも、それぞれカッコいいこと書いてあって、
例えば、「私が体育祭の当日、
緊張して具合悪くなっていた時、
声かけしてくれたり、代わりの人をさがしてくれて、
○○さんありがとう、心が広いなって思った」
「用具係や、委員会で役員として、
係の仕事をサポートしてくれたみんな、
すごくがんばっていて、私は誇りに思うよ」とか、・・・
それを、読み上げました。
さらに、数学お宅の男の子が、
「リレーのアンカー、二人抜いたのがかっこよかった」
それだけじゃなく、笑いも必要なので、彼が書いた
「僕ががんばったこと:リレーの着順を予想すること、
 うれしかったこと:1年のリレーの着順が予想通りだったこと」
というのを読み上げました。
私はそっけなく、「意味不明の感想なんだけど」と紹介しても、
みんなは、その男の子の独特のおもしろさと反抗期をわかっているので、
こちらも爆笑でした。

読み上げられた子どもたちや
エピソードを取り上げられた子どもたちは
たぶん、くすぐったい思いをしているのでしょう。
必ず、事前にことわれば、「みんなの前で話さないで」と
警戒されて、臆病さを見せるのですが、
どんどん、紹介してしまうのが、私の哲学です。
例えば、悪口をSNSで書かれていたということも、
誰ともわかりませんから、
具体的な内容は置いておいて、
「クラスの子で、悪口を書かれていた子がいて、
 誰かはわからないんだけど、とても嫌だったし、傷ついたらしい・・・
 まさか、このクラスの中で、そんな傷つけることをしていないよね」と
牽制球を投げたり、しておきます。
傷ついたということを知って、共感するのが大事!

この時も、ありがとうと思っている人たちが、
ちゃんとお互いにいるよと知るのが目的。
それ以来、ちょっと、さらに子どもたちは変わった気がします。
みんなに、自信がついたのでしょう。
あけっぴろげになってきたこと。
掃除が今日は無いとわかっても、
やったーとは言わなかったクラスの雰囲気が、
やったーと歓声を上げるようになった。
・・・・これは、大事なんです。感情の自然な発露なので。

帰りの時、男子も多くが「先生、さよなら」と言うようになったこと。
3年前の3年生もそうだったなあと思いだします。
安心してるし、なごんでる・・・そういう感じ。
男子はグループを大事にしているから、
おばさんの私に、わざわざ声をかけて、教室を出ていくことは
最初はほとんどない・・・
それが、「さよなら」と言うようになってきた。
ホントの私の心の中は、しめしめ・・・です。

教室のクラスメートたちは、家族のようになるのが目標。
良いことも悪いことも知って、それでいて一緒に暮らす仲間。
そうでないと、教室の中が、安心できない。

1カ月前のように、教室のメンバーの中に、
強い弱いの関係があって、上下の見えない関係もあると、
みんなが思い込んでいて、疑心暗鬼で、クラスメートを信用できない、
そんな雰囲気を打破しないと、幸せになれないのです。

体育祭がみんなの笑顔で終え、楽しかったねと顔を見合わせる・・・
そういう目標が、ちゃんと達成できたし、
上下関係も、弱肉強食でもない、階級も無い・・・
そのはずだよという言葉も、実感できて、
クラスの最初のころの明るい雰囲気に戻った感じ。
それぞれが苦手なことでも、誰かが助けてくれる、
サポートをやってくれる、ちゃんと手を差し伸べてくれる・・・
そう、それぞれが、実感できるようになったので、
う~~ん、大成功かな?
男子はちょっと甘えん坊に、また戻った感じだけど。


5・26
実は、体育祭の前日、悩んでいました。
クラスカラーは水色。
Tシャツを水色を着ていってはっぱをかけたものの、
当日どうしようかと迷っていました。
私自身が下のズボンも水色を着ていくかどうか・・・
そこまでやるか?
と思いつつ、鏡を前に、着てみていると
娘が「中国のおばさんみたいだからやめたら」
と言われてしまいました。
(中国のおばさんには悪いけれど、)
ちょっとショックで、センス無いかと思ったのですが・・・・

よくよく考えると、
今後、修学旅行もできるかどうかわからない、
合唱祭だって、無理かもしれない。
中三の彼らにとって、体育祭が唯一の行事になるかもしれない・・・
と考えると、やっぱりできることは全部やって、
盛り上げることを私自身もやらないと・・・と決断しました。

当日の朝、ポロシャツ水色、パーカー水色、
ズボン水色、靴下水色、マスク水色、そしてピアスも水色・・・。
水色お化けになって、教室に入ると、
さすが、子どもたちはどよめきました。
これが大事ですね。
あっ、くつ下も水色だ! そういう男子の声も聞こえて、
でも何気ないふりして朝の会を始めて、
その後、みんなで校庭に出て、体育祭が始まりました。

でも、私の登場で、笑いが出て、楽しい気分になって、
みんながやるぞと思ったのは確かでした。
でも、男子はとってもうまいんですよ。
どこからともなく聞こえてくるんです。
「男子トイレのカーテンの色だ!」
そう、目隠しにトイレにカーテンがかかっていて、
それが水色なんですね。
思わず「うまいこと言うなあ・・・」と感心して、
笑いをとりました。

教室に入れないでいる男の子と、先週話して、
とてもびっくりしたこと。
体育祭の話をしていたら、突然鼻をすすりだし、
ぼろぼろ涙をこぼし始めた・・・。
私はあわてて、どうしたの、何か悪いこと私言っちゃったかな?
と聞いたら、ビックリ仰天。
「リレーで走った後、アンカーの子に背中をたたかれて、
よくがんばったよとほめられたのがうれしかった。」
「教室に戻る途中で他の男子から、いつ教室に戻っても、
大丈夫だよと声をかけられて、それもすごくうれしかった」と
泣きながら教えてくれました。

まったく、まったくドラマみたいな、
そんな体育祭にやっぱりなりましたね。
子どもたちに、「娘から中国のおばさんと言われた」
と話すと、大爆笑していました。

体育祭の感想を読むと、
私が円陣を組んだのを見たのは1度でしたが、
3度も円陣を組んだそうです。
とってもとっても子どもたちだけで盛り上がっていたんですね。

本部テントで写真係をしていた私は、
知りませんでしたよ。


5・24
1週間前のよく晴れた平日に体育祭は終わりました。
クラスの結果は、敢闘賞というところかな?

1位を取るつもりだった学級対抗リレーは、
やっぱりハプニングが起きて途中ビリに・・・
でも、アンカーが最後に抜き放って、
学年5位。
でも、誰も責めなかったし、
アンカーがどんどんスピードを上げて行くので、
女子は応援席で黄色い声を上げてキャーキャー!!!
カッコいい!!
男子が応援席に戻ってくると、大拍手でした。

団体競技も、それなりにがんばって、
入賞を果たしたから、みんな、
それなりの成績に満足。
満ち足りた顔をしていた。

帰りの階段で、クラスのおとなしい女子に、
どうだった?と聞くと「楽しかった!」
と即答した。
みんな、とても明るい顔をしていたから、
クラスとしても、大満足だったらしい。

私が感激したのは、男子のリレーが終わって
教室に入れない男の子もがんばって
陸上部だから走って・・・
その後アンカーの男子が、
彼の背中を、よくやったよって叩いていたこと。
そして、団体競技の前に、
クラス全員で、私の知らないうちに円陣を組んでいたこと。

すごく意外で、すごく報われた思いがした。
だから、教師はやめられない・・・というわけですね。


5・12
今から4年前からか?
「生徒主体の体育祭」と形を変えました。
この影響はとても大きい。
最初の年、私も疑心暗鬼でした。
どこまで、できるのか、やるつもりなのかと
思っていたら、すごいものになっています。

まず、先生のやる仕事が、ほとんどない。
練習の最中も、本番も、全く怒鳴らなくて、注意しなくていい。
競技中、朝礼台に立つこともないし、
入場隊形を教員が作らせる必要もない。
並び方がおかしいと声をかける必要もない。
そう書くと「洗脳?」「全体主義?」と思う人も
いるかもしれないが、全く違う。
「やらされている」感覚が無いのでしょう。
特に3年生にとっては、そう見えます。

学年練習、全体練習も、仕切るのは体育委員3年生。
それまでは、打ち合わせがものすごく大変。
体育祭の準備は、体育委員会と、体育科の先生たちの
打ち合わせから始まりますが、約1か月前くらいから始まります。
実際の練習は、1週間前です。とても少ない。
学年練習は、5時間。全体練習は3時間のみ。

それでもうまくいくのは、
事前の競技種目担当の体育委員と種目担当の先生たちの打ち合わせ、
練習メニューをどうするか、体育科の先生と体育委員との打ち合わせ
それを、何度も何回もやるせいです。
例えば、借り人競争なら、
ルール、入退場の隊形、どんな札を用意しておくか、
用具、どう説明するか・・・
これを全部体育委員と担当教員が相談して、
実際に、体育委員が朝礼台で説明できるまで確認する。
昨年は2年生だったから大変でしたが、
3年ともなると、二人の担当体育委員が、
自分たちで考えてきて、足りないところをこちらが指摘するだけで十分。
それについても、後で、考えたらすぐに報告に来て、
先回りして、すぐに確認しています。

全体練習の時には、その日の朝に、担当の3年体育委員が
説明やら動きの確認を、何度も体育科の先生たちと
朝礼台前でしています。

練習の講評も、ほとんど、子どもたちがやります。
全体練習の評価も、体育委員長の言葉が
本当に見事。決まり切った言葉ではなく、
「1,2年生は3年生を見て、動きを覚えてください。
 3年生は、1、2年生にわかるように、てきぱきと動きましょう。
 私語が多いと、こちらの説明が聞こえません。
 お互いに注意しあって、練習がスムーズに時間内に終えるよう
 協力し合いましょう」
そう言われて、反発する子も、嫌がる子もいません。
言われてることは、当然だと思うし、協力しなくちゃと
思うようです。

私でさえ、長年やっていると、体育祭練習の時には、
「だらだら歩くな~」とか「立ってないで座るんだよ」とか、
言ってしまいます。それが習慣。
でも、朝礼台に立つ体育委員の指示が、とても分かりやすいので、
子どもたちは、先を読めます。
こうしてこうしてこうする・・・だから座るんだな・・・
だから、全く怒鳴る必要も声かけする必要もないのです。

予行も、本当にスムーズに動きました。
コロナになってから、入場は入場門に集まらず、競技する隊形に直接走って集まる、
退場は、そのまま直接応援席に走って退場する、
成績発表は、次の競技の入場が終わって隊形に座った状態で、発表する、
こうすると、ホントにあっという間に入場し、あっという間に退場し、
成績発表は、みんなが静かになっている時に聞く、これもすごくいいです。

こうした予行の体育委員の熱意が感じられた状況が、
クラスにもとてもプラスになっています。
予行の反省で体育委員長が言ったように、
本番は、ルール違反に気をつけ、盛り上がって、
クラスで団結して楽しもう・・・そして、1、2年生に
すばらしい見本を見せよう・・・
暗黙のうちに、そういう雰囲気が生まれていました。

体育委員だけでなく、3年なら、放送にも、用具の準備にも、
召集にも、応援団にも、クラスの中の十何人ものメンバーが、
全力で取り組んでいます。、
それをやりたくて、3年生は委員会に立候補しているのです。
だから、忙しくても、仕事の分担がいろいろあっても、
その委員会のメンバーは生き生きしている。
一切不満などなくて、責任感が生まれています。
だから、クラスにもなかなかいい影響をもたらしている。

本番、とにかく勝負も大事だけれど、
クラスの団結力、和気あいあいとした雰囲気が作れるかどうかが、
私の目標です。


5・11
なぜ、2年の最後頃から雰囲気が悪くなったのか、
放課後、女子が集まってきて、口々に不平を言う。
授業中、男子同士の発表の時は、
イエ~~イと言って盛り上がるのに、
女子の発表にはこそこそと内緒話、
それも、名前が聞こえるらしい。

急いでアンケートを取ると、
クラスの男女の仲は悪いと感じている子がほとんど。
SNSの問題もあるらしいので、男子に聞いて見ると、
悪口を誰かに書かれたらしい・・・これは、クラスか学年かそれとも
外部からなのか、わからないとのこと。

どちらにしても、それらが牽制球となって、
「ともかく怖い」と言う子たちがいる。
私には、「怖い」という感覚がなかなか思い出せない。
「怖いはずないじゃん、みんな一人になったらチキンだよ。
 強がってるだけじゃん」と言っても、
そんなに同意を得られない。
誰かが、どこかで私の悪口を言っているかもしれないという
疑心暗鬼が、お互いの不信につながっているらしい。
この年代、他人の目が異様に気になって、
自尊感情が持てなくなっている。
だからこそ、お互いを探るような、関わらないような
そんな臆病な関係しかできていないのか・・・・

ここは、叱っても自信が無いのでしょうがない。
ひたすら体験談や励ましやらを口にする。
私の目標は・・・と学年始めに言ってある。
「みんなが、『楽しかったね』と心から笑顔で、
 最後に言いあえる一年間にすることだよ!」って。

今日の予行は、盛り上がった。
まず、団体競技のチームワークの無さに、みんな
最下位を予想していた。それなのに、最下位じゃなかった!
次元が低いと言わないでください。
それでも、みんなホッとしているのです。
男子学級対抗リレー、こちらは最初から優勝ねらいだったが、
2位。優勝の可能性が出てきたことで、
クラスの男子の雰囲気は、とても良くなった。

男子のリレーの練習中には、こんなハプニングもいくつかあった。
とってもふてくされやすい男子一人、
最近仲のいい男子とちょっかいの出し過ぎでケンカ気味。
練習を待っている間にももめて、一人教室に戻ってしまう。
緊急SOSが、男子から私の所へ。
教室に様子を見に行くと、本を読んでいる。
私が早く戻りな、そして、迎えに行った男子二人が、
「来てほしいんだよね、出てくれなくちゃ!お願い」と言ったら、
小さくうなずいた。
彼も幸せ者、そう言ってもらえるんだから・・・。

もう一つは、
教室にはなかなか入れないけれど、運動が得意な男の子。
彼にも「どうしても出てほしいから先生、説得して!」と頼まれる。
彼にも「みんなが期待してるよ」と話しておいたら、
やる気満々になってくれた。
全員でやりたいという気持ちはもちろん、2回代走をすると、
やっぱり疲れて、タイムが落ちるから作戦上もあるらしい。

少しずつ、体育祭の雰囲気になってきた。
さて、本番はどうだろうか?


5・10
やっぱり、今の子どもたちは、
本番にがんばればいいんだ・・・と思っている。
それはそうだけれど、やらされている感を見せられ、
今日はとにかく落ち込んだ。

問題の、クラス対抗の団体競技。
男女のグループわけで紛糾した競技です。例の・・・。
体育委員に泣きつかれて、
強引に、背の順に分けて私がグループを決めた。

それでいいという子が多数なのに、
不満を椅子を蹴飛ばしたりして、表現する子が
最初に出たから・・・。
いまだに引きずっている。
そんな雰囲気を、まわりも感じ取って、
遠慮してしまうのです。

大人ぶるのが好きなのに、
なぜ、そこは幼いのかと、情けなくなる。
説教でもした日には、逆効果になるので、
一生懸命そのほかのグループが楽しそうになるように、
私が焚きつけている。

叱ってしまうと、クラスが盛り上がるどころか、
サーっとどんどん引いてしまうから、
体育祭近くになって、そんな手は使えない。

ちょうどいいチャンスをもらえた。
学年練習の時に、最後に講評をして・・・との注文。
かこつけて、情熱の話をした。
「この、今着ているTシャツは、なぜ着ているのでしょう?
 そう、クラスカラーだね。
 クラスの子に、去年、なぜクラスカラーを着ないのかと言われたので、
 昨日、ユニクロに行って1500円で買ってきました。
 100歳の私が燃えているのに、みんなは、まだ、
 燃えたりないよ。
 体育委員は毎日準備に大忙し。
 全校の前で説明するのに、眠れなかったり、
 ドキドキして、夢を見たのもあったかもしれない。
 その結果、見事に説明や司会をやりとげているよね。
 他のみんなは、お客さんでいいの?
 違うでしょ、主人公でしょ!
 廊下で会ったら、『ああ、燃えてるね』って
 わかるぐらい、炎を燃やしてください」って、
クラスの子どもたちに暗に、挑発をしてみた。
さて、その成果はどう出るだろうか?

女子を「帰りの会のあと、説教があるから、女子だけ残り」
と言って残し、「男子を誘いなさい、優しく一緒にやろうと言って
イヤに思う男子は一人もいないから大丈夫」と知恵を授けたり、
色々裏工作をしているが、
なかなか、「さあ、早く練習しよう・・・」とはならない。
明日は予行。
ああ、不安だけが、毎日積み重なっていく。
でも、あまりに落ち込んだので、
授業を削って作戦会議をした。
大体のグループは、和気あいあいと話していたかな?
さあ、明日はどうだろう?


5・6
今日も道徳の時間に熱弁をふるう。
なぜか?
昨年の体育祭は、コロナ下で例外的でした。
大声を出すのも論外と、応援団は無し。
でも、今年は応援団をやることに・・・。

そこで気が付きました。
応援団を見たり体験しているのは、
今の受け持っている三年生だけ。

応援団は、私は苦手だけれど、
若い先生が、一生懸命、
盛り上げるようにと、毎日一緒に練習していた。
三年生の有志が立候補しなければ、
体育祭は盛り上がらないし、成立しない。
そして、その時点で立候補は3年は紅白をいっしょにしても、
三人だけだった。

コロナ下でも体育祭ができたことが、
幸せな思い出になるはず。
みんなで心を一つにしたことが、
自信に必ずつながり、社会人になった時にも
まわりの人たちを信頼できるようになる・・・と。
30分も話した。
もう一つやむに已まれぬ事情。
他のクラスからはクラスで5~6人、男女の別なく立候補してくれたと
情報が次々入ってくる。
隣のクラスからも、友達を誘いに来てくれていた。
それなのに、クラスでまだ0人。

見栄だけの問題ではなく、ここで一人も
クラスから応援団が出ないと、
熱量の違いが、歴然と出てきて、
団体競技、クラス対抗の熱量が上がらなくなる・・・。
それでなくても、まだ冷めた雰囲気なのに・・・どうしよう。

それで、30分も応援団のことをしゃべり、
放課後も、朝も、めぼしい男子女子に声かけしたが、
「絶対やらない」「だって、忙しいし・・・」
の返事だった。

そして、次の日、ようやく3人。
応援団に立候補者・・・・良かった。
理由は、他のクラスの友達もやるから・・・。
私の熱弁より、そっちが絶対その気になるよね・・・当然!!
まあ、よかった。太鼓を打つのをやりたかったらしいです。


5・3
今日は、体育祭前の、
クラスの激闘を書きましょう。
激闘しているのは、私です。
戦ってます。
何が戦っているかと言うと、
乗り気になれないこどもたち。

以前、ドロケイで、鬼ごっこと言うのに
男子と女子がまるでストーカーのように、
タッチできずに後ろを歩くどろけいの話をしました。

クラスで単純に明るい子が少ないのです。
みんな、ちょっと人見知りで、
感情をあらわにしない子たちが多い。
それは、クラスの暴れん坊がいるので、
落ち着いている子を増やしたクラス編成のためでした。

それが、足かせになっている。
男女が、文句なく話したり、ふざけ合ったり、が
できない。
さらに、男子が陰で女子のあだ名をつけたり、
女子は女子で、強固なグループが二つくらいある。
水と油。・・・。
腹の探り合いみたいに最近なってきて、
体育祭だというのに、盛り上がらないし、
他のクラスの無邪気な盛り上がりを、冷めて見ている。

三年生にもなって、担任がしゃしゃり出るのはどうかと思うけれど、
私が出て行かないと、たぶんダメ。
そこで、今年行事として体育祭ができる意義、
もしかしたら、修学旅行もできなくなったり、合唱祭も
中止になったら、どんなにもったいないか。
私自身の、マラソン大会での、友達との昼休みの毎日の
練習の話など熱弁をして30分も・・・
チームワークを体験するのが、中学生にとって、
どんなに自信になるか・・・長々と話したのに、
まだまだ冷めている・・・。

団体競技の時のグループ決めでは
男子が男女で組むのがどうしてもいやだと言い張って、
わがクラスだけ、練習できなかったと、
体育科の先生に聞きました。
さらに、女子が寄ってきて、何とかしてくれ、
体育委員も先生、どうにかしてくれと泣きついてくる。

う~~ん、これでは、史上2番目の仲の悪さか?
担任としての悩みは多し。
1日中、クラスの子どもたちの人間関係を考えて、
どうすれば、糸がほぐれていくか・・・ひたすらそれを考えています。
さて、この後どうなるかしら?
不安しかない・・・人間は、生き物だから、予定通りにはいかないし、
個性もあって、思い通りになるとはいかないのです。



5・2
レミゼラブルを見て、こんなことも考えました。
レミゼラブルは6月暴動を描いたもの。
ビクトルユゴーは、パリでその暴動を真直に見たらしい。
そして、その様子をイギリスに逃げて、書き上げ、
出版して、ベストセラーになったようです。

今で言えば、ミャンマーの作家が亡命して書き上げた
小説、ルポルタージュのようなもの。

ボスニアの時には少女の日記。
アンネの日記も有名ですが、ビクトルユゴーが書いてくれていたから
その当時の様子が手に取るようにわかり、
また、それを劇化、ミュージカル化してくれて
エンターテインメント化してくれたから、理解できる。
中学生にも見せられる。

レミゼラブルは歴史の証言とも言えます。

6月暴動は1832年。
ドラクロワの描いた「民衆を導く自由の女神」の
7月革命の起きた年、1830年から2年後。
さらに、フランス革命から40年しかたっていない。

フランス革命が忘れ去られるには、全然足りない年月。
ビクトルユゴーはその数年後に生まれていますが、
ドラクロワは幼児の時に、フランス革命が起きています。
祖父やその世代の人々に、聞いて育った年代でしょう。

そのテロや血も聞いたでしょうけれど、
なぜ起こしたか、人々は、どう行動したか・・・も
聞いているはずです。

そう想像すると、人々が立ち上がらざるを得ない状況と、
それを受け継ぐ伝統と・・・両方を誇りとして、
パリ市民は生きたのだろうと考えます。

みなしごのガブローシュ、
パンを盗んで獄中生活をし、心がすさむジャンバルジャン。
働いても働いても借金が返せないフォンテーヌ、
貧民から成り上がって自分の分身のような
ジャンバルジャンを追いつめるジャベール警部。
みなしごでジャンバルジャンに育てられた孤独だったコゼット。
そのどの人物に、同時代の人々は
共感し、感情移入したのでしょうか。

道徳の時間に利用される「牧師とジャンバルジャン」の話。
「燭台は盗まれたのではなく、差し上げたのだ」という牧師。
そこに、当時は一番切実だった
「神の前の平等」と「癒しと許し」があって、
貧しい人々にとっては、心を安らげてくれるものがあったのかな?と
思います。
やっぱり、主人公は、学生たちではなく、ジャンバルジャンなのだと
痛感します。
でも、そこには、ビクトルユゴーが投影されています。
学生たちを何としても救いたかった、助けたかった彼自身の姿が。

それを思うと、ビクトルユゴーの書いた小説の
深い時代性を感じるのです。

小学生の時に名作全集では、全く暗くて理解できませんでした。
ようやく、この年になり、ユゴーの年齢に近づいて、
ミュージカルになって、作家の気持ちや考えが想像できます。


5・1
授業をしながら、こんなことを思います。
フランス革命の勉強をしたあと、
フランス革命の年月日、人権宣言を作った、その後ナポレオンが出てきた、
そう覚えている子どもと、
フランス革命の時の人々を想像して、彼らが自由平等を始めて作ってくれたと
そう言える子どもと、
どちらが、学力があると言えるのか?どちらが価値が子どもにとってあるのか?と。

私自身が、もう十分、何十年も授業をしてくると、
彼らの人生にとって、どんなことがとても大事なのか。
たぶん、フランス革命の年や人権宣言の言葉は忘れてしまうでしょう。
でも、貧しい人々が、自由と平等を得ようと、立ち上がったことは、
レミゼラブルを見ると忘れないでしょう。
もしかすると、彼らを思うことで、子どもたちの未来に
困難な壁が立ちふさがった時にも、歌を思い出し、力を得るかもしれない・・・
それが大事ではないかと思うのです。

貧しさ、惨めさ、悲しさを過剰に毎日見せつける必要は
思春期の子どもたちにないけれど、
共感する感性を育てておくこと、想像力を育てておくことは、
それこそ、日本人社会、世界の貧富の差を知ることと共に
とてもとても重要なことだと思うのです。
そうでなければ、共に生きる社会という言葉が死語になる。
共感と想像ができなければ、人の痛みも感じられなければ、
学力に意味はありません。
いくら有名大学に入っても社会人としての価値は無い。
社会の前進、よりよい社会はつくることができない。

そういう大切な仕事を今、私はしているのだと思っています。


April


4・21
今、フランス革命のレミゼラブルを見ています。
何クラスもあるので、何回も見ていると、
改めて気づくことがたくさんあります。

家で見ている時には思わない感想がいくつも浮かんできます。
よくよくなぜかと考えると、
たぶん、中学生に見せているという
緊張感が、私を襲うからでしょう。
それに、どのクラスも、中学生たちは、
息をのんで、呼吸もせずに、
見入っている場面があります。

みんなで見ている時には、その呼吸もせずにいる
子どもたちの空気感が、私を緊張させるのでしょう。
気づくこと、深く揺り動かされること、
何度見ても、たくさんあります。

レミゼラブルのミュージカル映画ですが、
フォンテーヌ役のアンハサウェイの
「夢破れて」の歌が、魂の声だと、見るたびに思います。

映画館で見た時には、号泣してしまいました。

それは、何千年も前から、
春を売って、生きていかなければならなかった
数えきれない女性たちの悲しみ、
その女性たちの人生を思い、
アンハサウェイの歌が、
その人々たちの声に聞こえたからです。

私と同じ性の人々が、何億人という人々が、
どれだけ傷つき、生きてきたかと思うと、
その声を聞いて、魂の演技だと思いました。
圧倒されます。
その歌には、いつの時代の女性も感じてきただろう、
大昔からの悲しみ、痛み、理不尽さ、怒り、苦しみ、大きな傷・・・
そういうたくさんのものが、彼女の歌と表情にあったからです。
ほんとうに、そういう女性そのものの姿のようでした。

なぜ、そういう職業についたのか、結局は自分で選んだんじゃないか
そう思われる人もいるかもしれない。
でも、男性には、そういう職業はありません。
自分の意思では決してない、性の関係を結び
それによってお金を得る。
さらに、相手をしている男性の側から、或いは同性からも
侮辱され、貶められる職業。
もっと複雑にしているのが、本来その性の関係は
自分の愛する人の子どもを産むという
喜びにつながる行為のはず・・・という自己矛盾。

つまり、普通の職業ではなく、
お金を得るために春を売る仕事をすることが、
毎日、女性の人格を破壊していると思うのです。
決して、同情ではなく、同じ女性であればこそ、
その傷の痛みを想像できるのは、本能的なものだと思います。

曲を歌うフォンテーヌの表情の中に
恋人を思う時は憧れ、喜び、
去った時を思い出す時は、悲しみ、
そして、どうして一人なのか、境遇に対しての怒り・・・・
一瞬で歌詞とメロディで変わる表情と声の強さ高さ・・・
くるくると変わり、最後はあきらめの表情で、
歌い終わると周りをきょろきょろとうかがう心細さ・・・

痛ましい傷ついた、美しい女性の汚れた姿に、
中学生の中には、胸をえぐられるように感じる男子もいるようです。

子どもたちは、息をのみ、
歌のあいだ中、息継ぎをしないほど、静まり返ってしまいます。

でも、少しでもわかってもらえるだろうか、
そして、忘れないほどの衝撃になっただろうと想像しています。
なぜ、見せるのか、・・・それを次に書きます。



4・18
修学旅行の班決めが難航しています。
どのクラスもそうらしい。
娘によれば、彼女の時はくじ引きだったらしい。
私自身の時は、好きなもの同士と、はっきり言っていた。

今は、それはむずかしい。
不登校になったり、
それで参加しないとなったり、細心の注意を払わなくちゃ。
でも、子どもたちの=班長に推薦された人物たち、と
協議していても、クラス中のみんなの欲が
あふれだす感じがして、・・・・もういいじゃんと言いたくなる。
だって、修学旅行行けたとしたら、
それだけでもう、幸せじゃない????

私はもっぱら、伝統工芸の体験のプログラム作りに忙しい。
交渉と、連絡と、子どもたちの希望を取り、
班を分けて・・・
でも、そのプリントを作るのが楽しい。
子どもたちがたくさん楽しんでくれるとわかっているからです。
本当に本当に行けたらいいな?
祈るような気持ちです。

体育祭の準備も始まり、
学級旗の旗作りも始まります。大忙しです。

4・11
新学期が始まりました。
今年は3年生。
でも、学校の事情で教室が全く変わりません。
大丈夫かな?ちゃんと気分も三年生になってくれるでしょうか?

先週は、入学式の準備といろいろな書類を配り、
委員会決めの一歩手前まで。
まだ、授業も、クラス活動もまだ始まりません。
でも、明日からは、給食、掃除、当番活動も始まります。
まだ授業はまだですが、・・・。

今年、修学旅行に行けるかどうか?
行けなくても、妄想修学旅行でも行くぞ!!!と、
この土曜日も、しおりのページ作りに1日かけました。
1日どころか、この春休みも、しおりのページ作りに
何度も何度も手を入れて・・・。

ベストしおりを作るつもりなのです。
以前作ったものに少しずつ手を入れて、
まず、京都の地形が頭に入るようにカラーページ。4ページ。
次に、京都観光名所の真実をDVD3本で。
それも、いくつもの番組を編集して・・・。

あっ忘れてました。奈良はやめにして、京都一本絞りの修学旅行です。
だから、プロジェクトXの金閣は定番ですが、
銀閣寺が建築当初何色だったかわかるNHK番組。
そして清水寺は、英語でシャベラナイトから、ダジャレ、
ユーモアの紹介。
そして、もう一本は伝統工芸がわかる和風総本家から・・・。
これを、50分の授業でクイズをやって、感想を書けるように、
何度も編集して、それを8クラス分ダビングするのです。
時間がかかるわけがわかるでしょう?

明日、その1時間目が始まります。
いよいよ修学旅行に向けての具体的な第一歩が始まります。
楽しみです。



人間の歴史の授業を創る会

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